2 文芸部とオカルト研究部


 ガチャンッと、勢いよく部室の扉が開かれた。

 飛び込んで来たのはミステリー研究会の部長、赤井稲穂あかい いなほだ。

「あれー、あいちゃん。こっち来てたの?」

 青枝あおえだ菅黄すがき、図書委員長の藍川あいかわも、窓際のソファーから視線を向けた。

「赤井、おつかれー」

 と、藍川はソファーに腰掛けたまま、片手をひらつかせた。

 赤井は長机に通学鞄を置きながら、

「文芸部に行ったら、部長はミス研の部室に行ったって部員の子が教えてくれてさー。迎えに行くって言っといたじゃん」

 と、よく通る声で言った。

「ごめんごめん。青枝に呼び出されたから、てっきり同じ要件かと思って」

「文芸部?」

 と、青枝が首を傾げた。その隣で藍川は頷いて見せ、

「うち、図書委員長と文芸部部長、両方やってるんだよね」

 と、答えた。

「へー」

 菅黄の隣のソファーへ腰掛けた赤井に、藍川がプリントを見せた。

「ほら。これで青枝が、図書委員長を呼び出すほどオムズガリみたいでね」

「なになに?」

 赤井は、藍川に差し出されたプリントを覗き込むと、すぐにプッと噴き出して笑った。

「あー、あはは。江戸川乱歩の方が、知名度あったりするのかなー」

「別の少年探偵の方じゃないですか」

 溜め息交じりに首を傾げてから、青枝が、

「それはもう、わかったから。文芸部ってのはなに?」

 と、聞いた。

「今年の文化祭で、文芸部とミステリー研究会の合同発表をやりたいって話してたの」

 と、赤井が答える。

「文化祭?」

「合同発表?」

 青枝と菅黄は、揃って首を傾げた。

「またあんた、突拍子もないこと言い出すわね」

 と、青枝は赤井に言う。

「だって、うちらも高校生活最後だし、文化祭に何かやれたらいいなーって。そしたら、藍ちゃんが合同でやろうって言ってくれたの」

「やっぱり発端は赤井先輩なんですね」

 菅黄は慣れたように頷いている。

「でも、どっかとコラボしたいって話は、前に藍ちゃんから聞いてたんだよ」

「コラボ?」

「去年は、文芸部と新聞部でコラボしたんだよね」

「そうなのよ。大失敗だったの!」

 と、言う、藍川の声が大きくなった。

「大失敗?」

「話せば長くなるんだけどさ」

「あ、じゃあ、ちょっと待って待って」

 と、赤井が立って行き、本棚の隅から活動記録ノートを引っ張り出して来た。

 書記の、菅黄の前にノートを置く。

「あ、もう始まるんですね」

 と、菅黄も通学鞄に、ペンケースを取りに行った。

「うちは同好会だから、文化祭の出し物は強制じゃないのよ?」

 青枝が聞いても、藍川は、

「そんなこと言わずに、少しは知名度を上げる努力もしなよ。同好会って言ったって、2人以上必要でしょ? 来年、スガひとりになるじゃん」

 と、言っている。

「一年生が入って来なかったから、今年でミス研は終わりなんじゃないんですか」

 ペンケースからウサギ柄のボールペンを取り出し、菅黄が言った。

「えー?」

 と、声を漏らすのは部長の赤井だ。

「来年は帰宅部になる気満々でした。ここにある本も、もう少しで読み終わるし」

 壁際に並ぶ本棚に目を向け、菅黄は平然と言う。

「えっ、マジで? これ、ほとんど読んだの?」

「はい。それで、文化祭の話ですか? 新聞部の話でしたっけ」

 活動記録ノートを開き、菅黄が聞いた。

「新聞部はともかく。この学校、二十年前まではオカルト研究部があったのよ」

 と、藍川が話し始めた。

「オカルト研究部? 新しい部活が出てきたわね」

「なんか、うちら世代が犯人の事件とか犯罪が、世間で騒がれてた時期だったらしくてね。十七歳犯罪とか言われてたらしいんだけど、スプラッタなオカルト映画に刺激されたとかなんとか。それで、オカルト研究部は強制廃部になったの」

 落ち着いた口調で、藍川が説明した。

「へー。そんな事あったんだ」

 赤井が目を丸くし、青枝も、

「そして文芸部が生まれた、とか?」

 と、聞いた。

「文芸部は元々あったよ。でも部室は、一般教室を使ってたの。オカルト研究部が使ってた部室を文芸部がもらって、元オカルト研究部から文芸部に変更した部員も多かったんだって」

「元オカルト研究部の部室、ここだったらどうしようかと思いました」

 ノートにメモを取りながら、菅黄が呟いた。

「部室は、今も文芸部が使ってるよ。で、去年は新聞部が、どっかから『強制廃部になったオカルト研究部』ってネタを見付けてきてさ。その活動内容を、ぶっちゃけようとして大変だったの」

 青枝が、思い出したように頷き、

「去年の文化祭で、新聞部が文化祭特別号とか言って、そんな内容の学校新聞を配ってたね。結局、タイトル詐欺とか捏造って言われてなかったっけ?」

 と、聞いた。

「そうなのよ。よく覚えてるじゃん」

 また、藍川の声が大きくなった。

「それでそれで?」

 と、赤井が身を乗り出す。

「二十年前に文芸部の顧問だった先生が、今は真緑まみどり中学の校長になっててね。わざわざ話を聞きに行ったの。新聞部は『オカルト研究部でヤバい活動をしていたから、事件の影響で廃部になった過去がある』って記事にするつもりでさ。でも結局は、当時のオカルト研究部ってタロット占いルームになってただけだったの。流行ってたらしくて。占いを言い訳にして、髪を染めたりスカート短くする生徒が多かったみたい。それを注意してもめなかったから、世間体にかこつけて廃部って事になってたのよね」

 一気に話し、藍川は溜め息を吐き出した。

 隣で頷きながら青枝が、

「調べてみれば、実際そんなもんよね」

 と、言っている。

「そうそう。調べたらそんなオチでしたーって、そのまま書いておけば良かったのよ。語尾を濁して適当な捏造しようとするから。結局なんだったのって、みんなに聞かれた文芸部が事実を答えてたからさ。『文芸部はエンタメをわかってない』とか言い出した新聞部部長と、去年の文芸部部長が喧嘩になって大変だった」

「だから今年は、うちらでコラボして学校七不思議を調べてみたいねって話してたんだよねー」

 のんびりとした赤井の言葉に、青枝と菅黄は、

「七不思議?」

 と、声を揃えて聞き返した。

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