8 開かずの間と文化祭


 藍川あいかわに言われるまま、5人はミス研の部室に戻って来た。

 金髪ベリーショートヘアに耳などピアスだらけの菅黄すがきは、怖い話が苦手だ。さりげなく、青枝あおえだの制服ブラウスを摘まんでいる。

「あんたたち、この部室がおかしいと思った事はないの?」

 正面の窓に向かって奥深な部室。左側の壁には本棚が並び、右側は日焼けの目立つ白っぽい壁紙が広がっている。

「変な広さだし、出てすぐが廊下の突き当たりっていうのも謎でしょ」

 壁紙側を眺めながら、藍川が話す。

 青枝は紺野こんのの様子をチラ見した。

 紺野の表情は、話のオチを知っていそうだ。怖がるクラスメートの菅黄と、怖がらせたそうな先輩の藍川を交互に見て、気まずそうに肩をすくめている。

 怖い話も楽しめる赤井あかいは気にせず身を乗り出し、

「それでそれで?」

 と、聞いた。

「目の前の廊下が突き当りで、この部室はこの校舎の一番端っこのはずよね? 窓の外を見てごらんよ」

 言われてすぐに、赤井が窓を開けた。左右に目を向け、

「あれ?」

 と、首を傾げる。

「この部室、校舎の端っこじゃないでしょ」

「うん。この壁の向こうに、もう一部屋ある」

「えぇっ」

 壁に視線を泳がせ、菅黄は青枝の腕にしがみ付いた。

 それでも興味津々の赤井は、壁を叩いてみながら、

「えー、謎の空間があるの知らなかった。他の校舎とも繋がってないもんねぇ。どこから入るんだろう」

 と、言っている。

「それがねぇ……」

 ニヤリと笑みを見せ、藍川が解説を始めた。

「昔、体罰も普通だった頃の話。長時間、不良を閉じ込めて反省させるための部屋があったの。でもある時、反省中に急な体調不良で死亡した生徒がいたのよ。隠ぺいしたのか、単に教室を使用不可能にしたのか。廊下に壁を作って、反省部屋を封鎖したらしいって噂なの」

「なるほど。本当はその廊下、先があったのね。部室の隣でそんな事件が……」

 青枝は、震える菅黄の髪を撫でながら、

「泣かす気?」

 と、赤井に冷めた目を向けた。

 手帳を開きながら紺野が、

「では、青枝先輩。オチをどうぞ」

 と、促した。

「はいはい。確かに、その壁の向こう側に空間があるけどさ。内側に出入り口が無いだけだよ。この校舎の外側に非常階段があるでしょ? その階段の裏側に扉があって、外から出入りする物置き空間になってるのよ」

「あ。言われてみれば、外から見たことあったかも」

「怖い話じゃないってことですか……?」

 まだ青枝の腕を離さずに、菅黄が聞いた。

「怖くないよ。校舎の構造から、そんな噂をひらめく昔の生徒が凄いって話じゃない?」

「……はい。そうですね」

 青枝と赤井に肩を撫でられながら、菅黄は活動記録ノートにオチを書き込んだ。



 真緑まみどり高校七不思議はひとつを覗き、無事に解明された。

 すぐに文芸部員たちが、文化祭の展示用に七不思議をまとめ始めている。

 ミステリー研究会の部室にも、藍川が模造紙を抱えてやって来た。

 横長に貼り合わせた模造紙に、七不思議の項目を墨書きしてほしいと言う。

 普段はあまり使っていない長机に模造紙を広げ、太筆を持たされた菅黄が、

「藍川先輩たち、文芸部ですよね。私が書くんですか?」

 と、聞いた。

「文章を考えるのは好きだけど、字が上手い訳じゃないのよ。あと、こっちは朱書きでお願いね」

「確かに『ひとつだけ解明できない不思議があります』っていう朱書きは興味を引くと思います」

「……それは青枝が考えた文言だけどね」

「七不思議探検も終わりかぁ。楽しかったね」

 赤井が、菅黄の筆さばきを眺めながら言っている。

 スマホを眺めながら青枝は、

「文化祭はこれからなのよ。うちのクラス、まだ準備やってるんだって。私、ちょっと行って来るわ」

 と、言って、通学鞄を抱えた。

「おつかれでーす」

「いってらっしゃーい」

「赤井もこっち、手伝いなさいよ」

「オッケー」

 青枝は、賑やかなミス研の部室を後にした。


「あ、金田かねだ

「ん? あ、青枝」

 静かな廊下に、大きな脚立を運ぶクラスメートを見付け、青枝が駆け寄った。

「手伝う。そっち側持って」

「ありがとう。青枝、部活は?」

「キリが良かったから任せて来た。こういう時、男子は力仕事やらされるよね。大丈夫?」

「うん。今日は元気」

 と、金田は笑った。

 渡り廊下の向こうに、潰した段ボールを抱えて走る女子生徒たちが見えた。

「文化祭準備って個性が出るよね。盛り上がったり頑張ったり、しっかり皆をまとめようとして奮闘したり」

 ふたりで脚立を運びながら、後ろ側を持つ青枝が言った。

「うん。うちの学校は公立のわりに先生たちが準備も参加して、生徒のそういう所もしっかり見ようとしてくれてて凄いなって思う」

「確かに。金田は、縁の下の力持ちタイプだよね」

「あはは。青枝は、やる気無さそうに傍観してると見せかけて、大変そうな所でさりげなく手を貸してくれるタイプだ」

「サボるタイミングを見計らいつつ、早く終わらないと結局帰れないって思ってるだけよ」

「一理ある」

 遠くから演劇部の発声練習や、吹奏楽部の練習音も聞こえている。

 青枝は、廊下のひび割れたタイルを眺め、

「この学校って、あらためて歩き回ってみるとさ」

 と、呟いた。

「うん?」

「けっこう使用感が凄いよね。古い学校だから当たり前なんだけどさ」

「あー、わかる。一年生の時は、もっと新しく見えてた気がするけど」

「マジそれ。新入生フィルターかかってたよね」

 と、青枝が言うと、金田は楽しげに笑った。

 今度は天井を見上げ、青枝は、

「昇降口の正面にある掲示板のさ。真上の天井に茶色いシミがたくさん付いてるじゃん」

 と、聞く。

「あるね。天井の、そばかすみたいなやつ」

「そういうのとか壁のひびとか。今はすぐ思い浮かぶのに、卒業したらあっという間に忘れちゃうんだろうなーって思う」

「卒業、寂しくなってきた?」

「きた。意味もなく、校舎の写真とか撮りまくりたいわ」

「いいじゃん。俺も後で撮ろー」

 ふたりで笑いながら、青枝と金田は脚立を用具倉庫へ運んだ。



 文化祭当日。

 ミステリー研究会と文芸部は、時間を決めて交代で展示案内をする事になった。

 各クラスの出し物が見られる教室棟と違い、文芸部の部室は奥まった別棟にある。

 文化祭が始まってすぐ、賑わうような展示場所ではなかった。

 案内係のトップバッターは、2年生の菅黄と紺野だ。

 受付席に並んで座りながら紺野は、

「菅黄?」

 と、声を掛けた。

「ん?」

「うちのクラスの仕事、なんか言われた?」

「不用品集めたバザーなんて忙しくないでしょ。売り子は帰宅部と部活発表しない部活の生徒が担当だし」

 眠そうな顔で答える菅黄に、

「去年はメイド&執事喫茶やってたじゃん」

 と、紺野が聞いた。

「クラス違ったのに、なんで知ってんの」

「学年トップの人気だったって聞いた。写真、無いの?」

 聞かれて菅黄は、ポケットからスマホを取り出した。

 一応、校内でスマホの使用は禁止なのだが、人目もないのでよしとしている。

「んー、これ」

「……執事じゃん」

「ふざけて女装メイドした男子と交換した」

「へー……」

「メイドコスが見たいなら、土日に山の下の喫茶店に行きなよ。青枝先輩がメイド服でバイトしてるから」

 と、菅黄が真面目に言う。

「マジで?」

「嘘。普通のシンプルなエプロンだけ」

「あー、なんだ。って言うか、喫茶店って男一人で入りにくいし」

「じゃあ今度、一緒に行く?」

 横に並ぶ紺野に、菅黄が顔を向けて言った。

「……えっ?」

「あんたのおごりね」

「いいけど……」

「メロンソーダがオススメ」

「それはどこでも同じ味じゃないの」

「めっちゃ真緑色なの。でも甘さ控えめ」

「なにそれ、面白い」

 展示の見学客はしばらく来ず、ふたりきりの時間は1時間ほど続いた。



「個人的には、ミステリー研究会なのに部長とか部室って呼んでるのが不思議なんです。研究会の会長じゃないんですか」

 展示案内係を終えた菅黄は、ミステリー研究会の部室にやって来た。

 窓際のソファーで本を読む青枝の隣に腰掛ける。

「委員会とか生徒会と区分するために、同好会も部活と同じように部長と部室って呼ぶことになってるんだって」

「なるほど」

「スガ、他のクラスとか体育館、見に行かないの?」

「チラ見して来ました。先輩は?」

「私もチラ見だけして来た。文化祭って準備段階とかさ、やってる生徒側が楽しいものだよね。みんな楽しそうだなーって」

「今年は七不思議を調べてて、楽しかったですよ?」

「うん。赤井が参加したがってたの、わかった気がするわ」

 楽しげに言い、青枝は眺めていた本を閉じた。

「そう言えば、赤井先輩は?」

「あの子は、なんでも楽しめる性格だから」

「あぁ。色んなクラスの出し物を、めっちゃ楽しんでそうですね」

「うちのクラスの出し物、お化け屋敷だよ」

「行きませんよ!」

 菅黄の即答に、青枝は楽しげに笑った。


 ミステリー研究会の、秋が過ぎる。

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