6 夜の現場調査
3人の通う
そしてミステリー研究会は、体育館や音楽室など専用の活動場所も必要ない。
暑さの中、わざわざ休日に山を登る理由はないのだ。
朝から貸倉庫で現場調査をした3人は、冷房の効いた喫茶店に来ていた。
『喫茶・
落ち着いた雰囲気が人気で常連も多いが、まだ開店直後で客足は少ない。
お気に入りの真緑色メロンフロートを飲みながら、3人はスマホで撮ってきた写真を眺めていた。
「外壁とか汚れてはいるけど、中もしっかりしてたよね。こっちも貸事務所にすれば良いのに」
活動記録ノートをテーブルに広げて、
「立地が微妙じゃないですか? 倉庫と同じ
と、言っている。
青枝はスマホ写真を見直しながら、
「結構ホコリ被ってたわりに、犯人の足跡が残るような床じゃなかったんだよね。うちらの足跡も気にならなかったし」
と、首を捻る。
「確かに。マネキンの足跡って、どんなだったんだろう」
赤井の楽し気な言葉に、菅黄が、
「マネキンが自分で歩いて来る説は忘れて下さい」
と、早口で言う。
青枝はグラスに手を伸ばしながら、
「いまだに増えてるなら、監視カメラ隠しておくのが一番だろうけど」
と、言った。
菅黄は、倉庫主・
「予算が無いって言ってましたよ」
と、答える。
メロンフロートのバニラアイスを口へ運び、赤井が、
「じゃあ、うちの畑に使ってるやつ、いっこ貸そうか」
と、言った。
「余ってるの?」
青枝に聞かれ、親指を立ててグッドサインを見せながら赤井は、
「2~3台は余分に準備してる」
と、答える。
ひとり、驚きの表情で菅黄が、
「畑に監視カメラですか? 野菜泥棒が出るんですか?」
と、聞いた。
「そっか。スガ、住宅地っ子だもんね」
「ちっこ、やめて下さい」
「野菜泥棒にも役立つけど、害獣用に設置してるの。
と、説明し、赤井は溜め息をひとつ。
「昔は、食い荒らされた野菜の写真で良かったんでしょ?」
「そうそう。時代は変わるよねー」
などと、現代っ子まっしぐらの女子高生たちが言っている。
「定点カメラの他に、被害が出た所で部分的に追加撮影するカメラがいくつか余ってるから。今夜にでも設置しに行こうか」
赤井は、ホラーの苦手な菅黄を見て言った。
「なんで夜なんですか」
「犯人に見られてるかも知れないのに、昼間に行ったら隠しカメラの意味ないでしょ。倉庫に石黒急便の人が居たら、不審に思われちゃうかも知れないし」
「……私は行きませんよ」
口を尖らせる菅黄に、青枝は、
「いいよ。うちらは近所だし、チャチャッと設置してくるから」
と、答えるが、赤井は楽しげに、
「みんなで肝試しがてら、涼みに行こうよ」
などと言う。
「……」
菅黄はテーブルが揺れるほど、思いきり首を横に振った。
山からの風が、心地よい夜だ。
月明かりのおかげで、街灯の少ない田舎道も難なく歩ける。
「で、どんな監視カメラなの」
青枝は、並んで歩く赤井に聞いた。
「動くものを察知すると、スマホにピピって知らせてくれてね。リアルタイムの映像もスマホで確認できるの」
そう言って赤井は、ポケットから単1電池ほどの黒い箱を取り出して見せた。
「結構なハイテクを導入してたのね、あんたんちの農家」
「そういうのも経営努力みたいな?」
「まあ、監視カメラが活躍するなら、うちらが推理する必要性も薄れる訳だけど」
「動かぬ証拠は重要よ」
「うん。その通り」
と、答え、青枝は軽く笑った。
不法投棄をされている事務所内に、隠しカメラを設置する。
ふたりとも、目立たないように黒っぽい服装だ。
「横の砂利道から入ってくと、裏口に行けるね」
朝の現場調査では通らなかった横道だ。
「人の気配はなさそうかな。事務所の鍵は?」
「白沢さんに伝えたら、鍵はガチャって強く回してって言ってた」
施錠されているはずの裏口は、ドアノブを強く回すと開いてしまうのだ。
「……壊れた鍵を直しておけば、不法投棄に困ることも無かったのに」
と、青枝は静かに溜め息を吐き出した。
「アオちゃん、タラレバー」
「はいはい、そうね」
雑草も多い砂利道を進みながら、青枝は周囲を見回した。
倉庫と事務所の正面を通る道に街灯はあるが、林に囲まれた裏口側は暗い。
しかし月明かりがあり、暗闇に目も慣れているので進むことはできる。
「この砂利道、ぎりぎり車が通れるね。表の防犯カメラにも映らないし。裏口に車を付けて止めれば、目立たずにマネキンを運び込める」
「そうだね。裏口の扉は……」
裏口に着くと、赤井がすぐにドアノブを回した。
軽く回しても、施錠されているとわかるだけだ。しかし力を込めて回すと、さほど音もたてずに裏口扉は開いてしまった。
「うーん。これは知ってなくても、普通にこのくらいの力でドアノブ回す人もいるよ」
声量を押さえて赤井が言う。
「ドアの開け方を知る人物の中に、犯人がいるって推理も出来ないわね」
物音や人影がないことを確認し、ふたりは暗い事務所に入った。
「どこが良いかな」
「電源は?」
「充電式だから、どこでも設置OK」
「便利ー」
裏口横の窓に、カーテンの無いカーテンレールが目に留まった。
青枝は窓の上を指差し、
「この窓の、カーテンレールの上は?」
と、聞いた。
「あ、いいかも。裏口も映るし、向こうにマネキンの山も見えるね」
物置部屋にあったパイプ椅子を踏み台に、赤井はカメラを設置した。
明かりがチラついて目立たぬよう、青枝は懐中電灯の先を握って、赤井の手元のみを照らしていた。
「どうかなー」
と、赤井はすぐにスマホで映像を確認した。
「映ってる?」
「正常に動作しました」
と、画面を見せた。
「了解。じゃあ、もう帰ろう。うちらが不審者と思われる」
「帰ろう。蚊も多いし」
裏口扉をそっと閉じながら、赤井が、
「スガちゃん、本当に泣いて嫌がるとは思わなかったね」
と、笑った。
「あんたが泣かせたんだよ」
「夜のお散歩、楽しいのに。あんなにホラーが苦手とは意外だったよ」
「いや、普通にオバケより変質者とかさ。猪とか熊の方が怖いよ」
と、青枝は裏口前の林に目を向ける。
「猪だの熊だの出てたのは、うちらが子どもの頃までだよ。今はハクビシンとアライグマが厄介なの」
「畑の害獣ね」
幸い、不審者や害獣を見ることは無かったが、青枝は足元の違和感に気が付いた。
裏口横の窓下。生い茂る雑草に3点、潰れたような跡がある。
「赤井、足元見て」
「雑草が潰れてる? うちら、雑草のなか入ってないよね」
「これ、三脚の跡じゃないかな」
「こんな所に三脚?」
と、赤井は、しゃがみ込んで首を傾げた。
「潰れた雑草が茶色くなってるから、出来たての跡じゃなさそう。月明かりの影でわかりやすい」
「うちら、雑草領域は避けて歩いてたよね」
「うん。重要ポイントを見逃すところだった。気が付いてよかったわ」
三か所、窪みのように草が潰れた窓下を、青枝は写真におさめた。
「スガは連れて来なくて良かったかもね。あの子の髪、暗くても目立つから」
「何かわかった?」
「うん。近々、犯人とご対面できるかもね」
「マジ?」
「今夜は帰ろう。確認したいこともあるし」
そう言って、青枝はスマホを振って見せた。
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