5 朝の現場調査


「暑いのにゴメンねー」

 倉庫主の白沢しろさわは、ひょろりと背が高く、四十代半ばに見える男だった。

 作業着と白衣を混ぜたような服装をしている。

 3人と白沢は木陰に入り、軽く自己紹介をした。

稲穂いなほちゃん、てっきり運動部だと思ってたよ」

 目元の皺を刻んで、白沢がのんびりと言う。

「ミステリー研究会です!」

 部長の赤井あかい稲穂が、元気に答えた。

「それに近所の蒼子そうこちゃんだよね。うちの倉庫をヨロシクとか言っとくべきかな」

「あ、そうですね。気付きませんでした」

 副部長の青枝あおえだ蒼子は、ダジャレを受け流して頭を下げた。

「あと、後輩で書記の菅黄すがき寿々理すずりちゃんです」

 と、赤井は菅黄もフルネームで紹介した。菅黄もペコリと頭を下げる。



 貸倉庫の隣。現在は使われていない事務所に、不法投棄をされて困っているという。

 夜間の防犯カメラに不審人物が映っていたが、まずは明るい時間に倉庫主同行で現場調査だ。

「不法投棄されてる建物って、これですか?」

「うん。こっちの四角いやつ。元々は事務所だったんだけどね」

 正面左に大きな倉庫。右手前に四角いコンクリート製らしい、平屋の建物がある。

 倉庫は錆びの目立つ鉄製らしく、大型トラックも入れそうな正面シャッターにも年季が入って見えた。

石黒いしぐろ急便 真緑北まみどりきた倉庫』という、シャッター横の看板だけが真新しい。

「……この窓ですね」

 菅黄が、元事務所の大きな窓を見詰めながら呟いた。

 防犯カメラの映像で、屋内を歩く不審人物が見えた窓だ。

「って事は、防犯カメラの場所は」

 青枝が振り返って見上げると、敷地内に立てられた照明用の鉄柱にカメラが備え付けられていた。

「あの映像ね。この防犯カメラのやつだよ」

 と、白沢も見上げながら言った。

 青枝は、防犯カメラと元事務所の窓の写真を撮った。

「いま、ここ開けるから。えーっと、鍵は……」

 元事務所の扉の前は雑草が広がっている。白沢は雑草を踏みながら扉の前に立ち、鍵束をジャラジャラさせている。

 その後ろから倉庫を眺め、青枝は、

「あの倉庫、元々は何の工場だったんですか」

 と、聞いてみた。

「廃品処理関係だよ。現役だったのは祖父の代までだったけど。昔はプレス機とか破砕機とか、けっこう大掛かりな機械が残っててね。子どもの頃、勝手に動かして怒られたもんだよ。機材の処分も大変だったのに、今度は不法投棄なんてねぇ」

「今はアパレル関係の配送をしている、石黒急便に貸してるんですね」

 菅黄は、しっかりと活動記録ノートに白沢の話を書き込んでいる。

「倉庫の方だけね。雑草も刈ろうと思いつつ、こっちは使ってないからさ。あぁ、この鍵だ。おまたせー」

 重そうな鉄扉が開かれた。

「お邪魔しまーす」

 と、赤井は無警戒に事務所の中へ入って行く。

 さりげなく菅黄は、青枝の後ろに隠れながら屋内を見た。

 事務机やソファー、ファイル棚などが残され、埃をかぶっている。

「倉庫の方は片付けたけど、こっちは放置しちゃっててねー」

 と、奥へ進みながら白沢が言う。

「わー、本当にマネキンだぁ」

 と、赤井も呑気な声を上げた。

 事務机の向こう。6体のマネキンが折り重なるように横たわっている。

 ブラウスとスカートという組み合わせが3体。形の違うワンピース姿が3体。

 どれも、身長150センチほどの女性型マネキンだ。

「1体ずつ増えて、6体ですかぁ。まだ増えるのかなぁ」

 などと言いながら、赤井は平気でマネキンの手足に触っている。

 ホラーの苦手な菅黄が背中に貼り付いているが、青枝もマネキンの側に屈み込んでみた。

 白沢は事務所内を見回しながら、

「不法投棄について真緑市まみどりしに問い合わせてみたらね。犯人が特定できないなら、土地の所有者の責任で処分しなくちゃいけないんだって。こんなに増えて困っちゃうよ」

 と、話し、溜め息をついた。

「マネキンの手足って、スポッて外せるイメージですけど」

 青枝はマネキンの両足を掴んでみるが、可動域がかなり狭い。トコトコと歩かせるのは難しそうだ。

「腕は外せるのがあったけど、胴と脚は多少動いても外せなくて。可動部が錆びてたりするのかな」

 と、白沢が首を傾げる。

「外せれば燃えないゴミに出せるんですよね」

「まあ。ゴミに出せないから不法投棄するんでしょうけど」

 赤井はマネキンの頭を掴んで揺すった。

「空っぽかな。中にヤバい薬ってこともなさそう」

「うわ、そういうのは思い付かなかった」

 と、白沢が目を見張る。赤井は苦笑いで、

「でも、わざわざ防犯カメラに映り込んでたから。目立ちたくない取引って訳じゃないだろうって、アオちゃんが」

 と、話した。

「なるほど。さすがミステリー研究会」

「石膏だか陶器だかわからないけど、古いものっぽいですね」

 マネキンの山を眺めながら、菅黄も聞いた。

「古そうだよね。膝裏に穴があるけど、土台を刺すところ? 土台は無いのかな」

「無さそうだよ」

 マネキンの山を見下ろし、3人は首を傾げた。

「裏口もあるんですよね」

 と、青枝が聞いてみる。

「あるよー。こっち」

 事務所の奥に開けっ放しの戸があり、その向こうに給湯スペースがある。

 木棚の奥に、裏口扉も見えた。

 裏口横にも大きな窓があり、照明はなくても明るい。

「奥側も広いんですね」

「うん。この裏口、鍵が掛かってるんだけどね」

 言いながら白沢はドアノブを掴むと、ガチャッと勢いをつけて扉を開けた。

「開いちゃうんですか」

「鍵が馬鹿になっててねぇ。力いっぱいドアノブを回すと開いちゃうんだよ。その内に、鍵も替えとかないといけないんだよねー」

 と、呑気なことを言っている。

「替えて下さいよぉ」

「いやぁ、予算がねぇ。あ、そっちに洗面所とトイレと、物置部屋があるよ」

 言われて、さっそく赤井が物置部屋の戸を開けに行く。

「次のマネキンが物置部屋で待機してるなんてことは……ないか。段ボール箱がいっぱい」

「倉庫が工場だった頃の書類が入ってるんだよ。それも処分しないとねー」

 と、白沢は笑っている。青枝は軽く咳払いし、

「表側の扉から出入りする様子が防犯カメラに映ってないなら、犯人は裏口から出入りしてるって事ですよね」

 と、聞いた。

「そうだね。窓とか開けられてたことは無かったよ」

「不法投棄なら、裏口付近に置きそうなもんですけど。スペースもあるし。でも、わざわざ向こう側まで運び込んでるんですよね。どうしてですかね」

 青枝に聞かれ、白沢は首を傾げる。

「言われてみれば。この辺りに置いとけば、防犯カメラにも映らなかったのに」

「事務所の方がゴチャゴチャしてて目立たないから?」

 と、赤井も首を傾げた。青枝も首を傾げて見せ、

「やっぱり事務所の窓から、防犯カメラに映りたかったのかな。マネキンが歩いてるような姿を見せたところで、不法投棄じゃなくなる訳じゃないけど」

 と、話した。

 ノートを片手に事務所から顔を出した菅黄が、青枝の袖を掴んだ。

「置いて行かないで下さいよ。まだ、事務所の間取り書いてて」

「いいよ、スガ。間取りとか書かなくて。写真撮ってって、あとは紫苑しおんさんのお店で話そう。気温も上がってきたし、ゴキいたし」

 と、青枝はスマホでカシャカシャと写真を撮った。

 赤井もスマホを取り出しながら、

「ゴキいたの? 帰ろう、帰ろう。じゃあ白沢さん。じっくり推理してから、また連絡しますね」

 と、言っている。

「了解。楽しみにしてるよ」

 閉め切った事務所内の温度も上がっている。

 事務所や裏口付近、外回りも簡単に写真を撮ると、3人は白沢に見送られて貸倉庫を後にした。

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