4 映像推理と名前


 人は見た目によらず。

 金髪ベリーショートヘアで、耳などピアスだらけの菅黄すがきはホラーが苦手だ。

 ソファーの隣に座る青枝あおえだと、向かいに座る赤井あかいは、今にも泣き出してしまいそうな後輩をなだめていた。


 不法投棄に困っているという倉庫主に頼まれて、防犯カメラの映像から犯人を推理中だ。

 しかし、マネキンが屋内を歩いているらしき映像に、ホラーの苦手な菅黄はプチパニックだった。

「あ。こうちゃんに相談してみようか」

 と、赤井が言い、通学鞄からスマホを取り出した。

紅坂こうさか? 演劇部の衣装担当だっけ」

 青枝も、菅黄の背中を撫でてやりながら聞いた。

「うん。メイク系専門学校を目指しててね。AO入試で、休日には体験授業とか行ってるんだよ」

「……あー。専門勢は、そんな感じだよね。うちら受験準備、何もしてないのに」

 高校3年生の青枝の言葉に、2年生の菅黄はやっと落ち着いた様子で顔を上げ、

「マジすか」

 と、聞き返した。赤井はわざと楽しげに、

「うん。夏休みになったらオープンキャンパスとか行くつもりだけど。今は勉強しかしてないよね」

 と、話した。青枝も頷いている。

「あ、なんだ。勉強してるなら良いじゃないですか。大学勢は」

 小さく息を突き、菅黄は活動記録ノートに目を戻した。

「……もしもし、紅ちゃん? まだ学校にいるー? あ、部活中?」

 のんびりとした口調で、赤井は演劇部の紅坂に電話をかけた。



 音がよく響く廊下だ。

 スキップでもしているような足音が近付き、コンコンコンッと軽快なノックの音。

 ミステリー研究会の部室に、赤茶髪の女生徒が顔を出した。

 3人よりも短いスカート、薄緑色の指定ブラウスは第3ボタンまで開けて真っ赤なキャミソールの胸元を見せている。

「わー。ここ、初めて入った。涼しいじゃん」

 演劇部の紅坂は、赤井に呼ばれてすぐにやって来た。

「そうでしょ」

「あ、ヤッホー、あおー」

「ヤッホー」

「あんたら、部員3人だけなの? 静かで良いねぇ」

 よく通る声が小さな部室に響く。

 壁一面の本棚を眺めながら紅坂は、赤井が座るソファーの隣に腰掛けた。

「で、見せたいものって?」

「これなんだけどさぁ」

 ノートパソコンを向け、赤井が映像を再生した。

 身を乗り出して覗き込み、紅坂は目を丸くしている。

 しかし楽しそうな様子だ。苦手ではないらしい。

「えー、なにこれ。普通に監視カメラで、こんなの見付けちゃったらたまげるねぇ」

「うちらも、たまげたところ」

 と、青枝は頷いて見せる。

 赤井は首を傾げながら、

「特殊メイクとかで、こんなの出来たりする?」

 と、聞いた。

 もう一度、映像を再生してみながら紅坂は、

「これ、のっぺらマスクじゃないかな」

 と、言った。

「のっぺら?」

「本格的なハロウィンコスで売ってるの。ホラーゲームとかで、マネキンも定番になってるでしょ? けっこういい値段する奴だと思うけど」

「へー」

 赤井がのんびりと頷く正面で、青枝がスマホで検索する。

 通販サイトで、すぐにマネキンコスプレ用のマスクを発見した。

「うわ。本当だ。マネキンマスク売ってる」

 菅黄もスマホ画面を覗き込み、渋い表情になった。

「わー、紅ちゃんに聞いてよかった。こんなのもあるなら、人間がマネキンごっこできるね」

「マネキンごっこ……結局、その行動の理由はわからないけどね」

「でも、これ被った人間なら、怖くないでしょ?」

 と、赤井はキラキラした目を菅黄に向けた。

「まあ、そうですね」

「あ、後輩ちゃん、怖かったん?」

 紅坂に聞かれ、菅黄は、

「怖いですよ」

 と、即答だ。

 夕方の風が、窓の隙間から流れている。

 賑やかなセミの声に混ざって、遠くから運動部員たちの練習終了の声が聞こえた。

「ロボットダンスじゃないけど、操り人形の身体表現練習とか思い出すよ」

 もう一度映像を眺めながら、紅坂が言った。

「なにそれ」

「操り人形になって、腕の末端から糸が切れていく感じ。こんな感じでさ」

 まっすぐに伸ばした腕から手首の力が抜け、続けて肘の力が抜けてぶらぶらと揺すって見せる。

「おー。腕を吊る糸が見えそうだね」

 真似をしてみながら、赤井が言う。

「これを演劇部全員で、いーち、にーいとか言いながら練習すんの。見てると面白い光景だよ」

「マネキン、操り人形説あり?」

 と、赤井が聞くと、青枝が手をひらつかせ、

「いやいや。のっぺらマスク被って、操り人形風に動ければマネキンに見えるじゃないの。さっきスガが言ってた『マネキンが勝手に歩いて来てるので不法投棄じゃありません説』が濃厚かもよ。マネキンの関節が稼動するタイプかどうかとか、やっぱり現場を見ないと何とも言えないけどね」

 と、話した。

「もう……わかりましたよぉ。行きますよ、現場。でも明るい時間だけですからね」

 溜め息交じりに、菅黄が言った。

 赤井は楽しげに拍手する。

「やったぁ。ちょうど、明日は土曜日だし。今日は暗くなるから、明日の朝に行ってみよう。倉庫主の白沢しろさわさんにも伝えとく」

「了解ー」

「ミス研の活動も楽しそうだねー」

 活動記録ノートを眺めながら、紅坂はのんびりと言った。



 緑豊かと言えば聞こえはいいが、どこを向いても山が見える田舎町だ。

 住宅地から少しでも離れれば田畑が広がり、のどかな風景になる。

 ミステリー研究会の3人は涼しげな私服で、水路沿いを歩いていた。

 パーカーのフードを被って日除けしている青枝は、

「あんたの下の名前、なんだっけ」

 と、赤井に聞いた。

 元気なTシャツ短パン姿の赤井は、

稲穂いなほ! 知ってるでしょ」

 と、答えた。

 青々とした稲の伸びる水田を眺めながら、青枝は含み笑いを漏らす。

「うん。農家の娘で稲穂ね」

「なによ、急に。あんただって青枝蒼子そうこで、文字がアオアオじゃないの」

 と、赤井も言い返す。

 エスニック柄の日除けストールを頭から被った菅黄は、

「ちょっと、いきなり名前ディスり合わないで下さいよ」

 と、小さく溜め息をついた。

「あっちにビニールハウスが見えるでしょ? 赤井の家のハウスなんだけど、トマト育ててるのよ。この道通るたびに、稲穂より赤井トマトって方が面白いのにって思ってたのよね」

「面白さで名前決められてたらグレるよ」

「確かに」

「スガちゃんは?」

 と、赤井が楽しげに聞く。

「……書道教室の娘で、寿々理すずりです」

「うん。可愛い」

「可愛い」

「勘弁して下さいよ」

 もう一度、菅黄は溜め息をついた。

 セミの声が、けたたましく響き続けている。

「梅雨が明けるの、早かったよね。もうちょっと降って欲しかった」

 と、突然話は変わる。

「局地的に降り過ぎても困りものだけどね」

 青枝は、晴れ渡る青空を見上げて言った。

「確かに、確かに。最近、そんな降り方ばっかりだよねぇ。あ、あの山の向こう側が、白沢さんの貸倉庫だよ」

 赤井が指差す木々の向こうに、大きな建物の影が見えた。

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