3 マネキンが歩いて来るらしい
黒いのか、暗いのか。
街灯に照らされた、夜の倉庫らしい。
左奥に貸し倉庫の正面シャッター、右手前に事務所らしき建物の扉と大きな窓が映されている。
時折、小さな白い点がスッと走る。
街灯に照らされた虫が光っているのだろう。
事務所らしき建物の窓の中でも、影が動いて見えた。
窓ガラスは部分的に曇っているが、建物内の様子がよく映っている。
ゆっくり、ぎこちない動きで歩く影。
薄暗い白黒映像でもわかる。
歩いているのは、マネキンだ。
ワンピースらしい婦人服を身に着けた、スキンヘッドのマネキンが窓の向こうを横切って行った。
その後数秒、映像に動きはないままブラックアウトする。
「……おわかり頂けただろうか」
低い声で
SDにコピーして来たという、防犯カメラの映像は短いものだった。
目をパチパチさせながら、
「今のが、不法投棄の犯人らしき人影ってこと?」
と、聞いた。
「うん。マネキンがシャツワンピみたいの着てたでしょ? この映像が撮影された翌日に行ってみたら、同じようなシャツワンピを着たマネキンが増えてたんだって」
呑気な口調で赤井が説明する。
「不法投棄されてる粗大ゴミって、マネキンなの?」
「そうだよ。あれ、スガちゃん?」
頷きながら赤井は、
菅黄は青枝の腕を掴んで目をつぶっている。
「無理です。泣きますよ」
早口で言う菅黄の手をポンポンと撫でてやり、青枝は、
「もう、映像は終わってるよ」
と、言って苦笑する。
「
赤井の説明に菅黄は蒼ざめ、青枝は眉を寄せる。
「業者の不法投棄なら、一気に全部置いて行くでしょう。なんで一体ずつ増えてるの」
と、青枝は首を傾げる。赤井も頷きながら、
「それも推理しなくちゃ。不法投棄じゃなくて、マネキンたちが待ち合わせでもしてるのかな。全員が集まったら、みんな一緒にどっか歩いて行っちゃったりして」
などと、真面目な口調で言っている。
「マネキンだけでファッションショーでもするとか?」
「マネキンだって好きな服を着てみたい! みたいな執念で動いているとか」
赤井と青枝は、思いついたことを適当に言ってみるが、菅黄は青枝の腕を掴んだまま呆然としてしまっている。
青枝は、赤井と顔を見合わせ、
「スガ、落ち着いて。マネキンがひとりでに動くわけないでしょ。それっぽく見えてる理由を推理しよう」
と、話した。
渋い顔をしながら、菅黄はやっと青枝の腕から手を放し、ペンを握った。
活動記録ノートを開き、
「なんかが歩いてた建物は、使われてない場所なんですか?」
と、聞いた。
「うん。昔、貸倉庫が工場だった頃に、事務所とか従業員の仮眠室として使ってた建物みたい。マネキンが歩いてたのは事務所跡で、不法投棄されてるのも同じ場所」
「さっきの防犯カメラの映像、短かったけど。何か映ってたのはその場面だけだったってこと?」
と、青枝も聞いた。
「うん。窓の横に建物の扉が映ってたけど、そこから出入りする様子は映ってないんだって。そもそも、ちゃんと鍵もかけられてるみたい」
「他に出入りできる場所は無いんですか」
「裏口があるけど、山側だから街灯もないし。懐中電灯とか持ってれば、光がこの防犯カメラに映り込む瞬間があるんじゃないかって言ってた。白沢さんも、けっこうじっくり防犯カメラの映像は見たらしいけど、さっきの場面の他には変な様子なかったって」
「裏口に鍵は?」
「あるけど古くなってて、ガチャガチャやってると開いちゃうみたい。ひとりでに歩くマネキンなら、暗闇も鍵もお構いなしなのかも知れないけどね」
と、赤井は楽しげに言う。
「……」
軽く咳払いして青枝は、
「倉庫を借りてるのがアパレル関係で、マネキンが1体ずつ増えてたりしたら、確かに不法投棄とは思わなかったでしょうね」
と、話した。
むくれた様子で、菅黄は赤井の話をノートに箇条書きしている。
「もう一回、見てみよう」
と、赤井がノートパソコンを操作する。
「嫌ですよぉ……」
「大丈夫だよ、スガ。マネキンに見える人型の何かが、窓の向こうを横切ってるだけだよ」
青枝が言う内に、映像の中の窓の向こうで、マネキンがゆっくりと横切っていく。
「動きがもう、人間じゃないじゃないですかぁ」
「ワンピースでわかりにくいけど、腕と脚が交互に動いてるよね。窓枠より下の、映像に映ってない部分で、人間が這いずりながらマネキンを平行移動させてる訳じゃなさそう」
と、青枝は呟きながら考え込む。
映像が終わり、赤井はのんびりと、
「マネキンに人間が入ってるのかなぁ」
などと言っている。
「さすがに、こんな痩せたマネキンの中に人が入るってのは難しいんじゃない?」
「じゃあ、ロボットみたいのを遠隔操作してるとか」
「不法投棄されてるのはロボットなんですか?」
「ううん。古い陶器かなんかの、ひび割れた普通のマネキンだって。一辺が90センチ未満だと燃えないゴミで出せるらしいんだけど、頭から足まででうちらくらいの身長があるから、処分しようとすると粗大ゴミになってお金かかっちゃうんだって」
「……なんでマネキンなんスかね」
意外に達筆な菅黄は、ボールペンを動かしながら呟いた。
うんうんと頷きながら青枝が、
「陶器のマネキンって、中が空洞だよね。中に麻薬でも詰めて置いてさ。別の売人が中身を回収して、お金の詰まったマネキンを置いて行くみたいな取引に使われてるとしたらヤバいとも思ったけど。それなら、わざわざ歩いてるみたいな様子を防犯カメラに映したりしないはずだよね」
と、話し、首を傾げる。
赤井は目を丸くし、
「そういうのは考えてなかった。ヤバいじゃん」
と、言っている。
「いや、ヤバい取引なら、防犯カメラの位置も把握してるでしょう。こんな目立つ映り込ませ方をしてる意味がわからないよ」
「あー、そっかぁ」
もう一度、青枝は映像を再生した。
「これがマネキンって判断できるの、やっぱり頭部だよね。スケキヨじゃないけど、のっぺらぼうでスキンヘッドの被り物とか被ってたら、これ人間が出来るよね。かなり小顔の人に限られるけど」
「なにそれ。何のために?」
「私に聞かないでよ」
急に菅黄が大きく頷き、
「……そうです。人間ですよ、人間。スキンヘッドの人が眉毛そり落として、目ぇつぶってるから変な歩き方になってるんです」
と、言った。
「その後に何故か、本物のマネキンが見付かるの?」
「不法投棄じゃなくて、マネキンが勝手に歩いて来たことにすれば罪に問われないとか思っちゃってるんですよ」
「なるほど。でも、やっぱりこの映像だけでは何も判断できないんじゃない?」
溜め息をついて青枝が言うと、赤井は待ってましたとばかりに身を乗り出した。
「じゃあ、やっぱり直接――」
「行きませんよ!」
赤井が言いかけた言葉を、菅黄が遮った。
青枝が含み笑いを漏らす。
「スガ、落ち着いて」
菅黄は、両手で顔を覆って首を横に振る。
「駄目ですよマネキンは……暗めのブティックだと現役のやつだって怖いのに……」
「でもまあ、こんな映像見ちゃって、謎が解けないままなのも気持ち悪いよ」
苦笑しながら、青枝は菅黄の背中を撫でてやった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます