2 ミステリー研究会への依頼、再び


 風もない真夏日だが、放課後の部室にはひんやりとした空気が流れている。

 ミステリー研究と言っても、には推理小説を読んだり感想を話したりという活動内容だ。

 副部長の青枝あおえだと書記の菅黄すがきは、過ごしやすい部室で静かに文庫本を眺めていた。


「部長、遅いですね」

 と、菅黄が呟いた。

 青枝は、黒タイツの脚を伸ばしながら、

「そうねぇ。でも、そろそろ来るでしょ」

 と、言って、欠伸をひとつ。

 窓際の木に、ハトでも飛んで来たらしい。

 バサバサと羽音が聞こえ、賑やかだったセミの声が止んだ。

 窓の外の様子に菅黄が顔を上げたところで、廊下側から物音がした。

 ヒタヒタと、近付いて来る足音のようだ。

「なんか変な音、聞こえません?」

 菅黄は、文庫本を眺めたままの青枝に聞いた。

「やっと部長が来たんじゃない?」

 と、青枝はのんびりと答える。

 数歩進んでは止まり、またヒタヒタと歩き出す。

赤井あかい先輩、いつもバタバタした足音なのに……これ、上履きの音じゃないですよ」

 言いながら菅黄は、青枝が座るソファーへ移動した。

「でも、廊下のこっち側は、うちの部室しか使ってないし」

 足音は、部室の扉の前で止まった。

 青枝は首を傾げ、菅黄はその背後に隠れて様子を伺った。

 ギィーと軋む音を立てながら、ゆっくりと部室の扉が開く。

「あーおぉ……」

 低く苦しげな声が入り込んできた。

 菅黄は青枝の腕にしがみついて、

「なんですか、なんですかっ」

 と、声を上げた。

 顔を見せたのは、栗色ポニーテールヘアの部長、赤井だ。

 白い上履きを手に持ち、黒タイツの足で歩いて来たらしい。

「スガ、落ち着いて。部長だよ。赤井は上履きどうしたの」

画鋲がびょう、踏んづけたのよぉ。しかも両足!」

 いつもながらの、良く響く声だ。

 差し出して見せる上履きの底に、金色の画鋲が刺さっている。

 青枝は目を丸くし、

「うわ、ガチで痛いやつ。両足?」

 と、聞いた。

「両足! あれ? どうしたの、スガちゃん」

 赤井は、青枝の後ろに隠れていた菅黄に気付いて声を掛けた。

「……なんでもないです」

「あんたが変な登場の仕方するからよ」

「あ、ビックリした? ごめんごめん。上履きの底から、画鋲が抜けなくなっちゃったの。なんか、抜くやつあったよね」

 床をヒタヒタと歩いて来ると、赤井もソファーに腰掛けた。

 上履きの底に刺さる画鋲を引っ張っているが、指の力では抜けそうにない。

「画鋲のケースに入ってたね。ミニチュアのバールみたいなやつ」

「ありましたね。隅っこの棚に確か」

 壁一面に並ぶ本棚の一番端は、下半分が引き出しになっている。

 菅黄が立って行き、引き出しを開けた。

 部室として使うようになる前から置かれていた、古い文具や事務用品が詰め込まれている。

「ありました。画鋲抜くやつ、入ってますよ」

 引き出しから画鋲ケースを持って来ると、菅黄はケースを開けて赤井の前に置いた。

「ありがと、スガちゃん。抜けるかなぁ」

 プラスチック製の小さな画鋲抜きを摘まみ、赤井は上履きの底の画鋲に取りかかった。

「どうやったら両足同時に刺さるのよ」

「廊下で、何か拾ってる子が居るとは思ったのよ。生徒会の子かな。掲示板の貼り換えで画鋲をぶちまけてたみたい。踏む前に声かけてくれれば良いのにねぇ」

 梃子の原理で画鋲をぐりぐりやりながら、赤井が口を尖らせている。

「どうせ、声かける間もなく、あんたが駆け抜けたんでしょ」

「まあね。あっ、抜けた!」

 赤井の手元を眺めながら、菅黄が、

「保健室、行って来た方が良いんじゃないですか」

 と、聞いた。

「ツンッてしたけど、土踏まずと指の隙間だったから刺さってはいないのよ」

「運が良かったわね」

 溜め息交じりに言いながら青枝は、赤井の通学鞄から飛び出すノートパソコンに目を向けた。

「それより、パソコンなんか持って来て。どうしたの」

「あ、そうそう。見せたい映像があってさ。パソコン部から借りてきたの」

 もう片方の画鋲も抜き取り、赤井は両足に上履きを履いた。

「また無断で?」

「まさか。後で借りたって言っとくよ」

 などと言っている。

「今現在は無断ってことじゃないの」

 と、青枝はもう一度、溜め息をついた。

 向かい合わせたソファーの間に、小さいテーブルを置いている。

 赤井はテーブルの上でノートパソコンを開いた。

「あれ? 電源つかない」

「充電が切れてるんじゃないの。ACアダプターは?」

「これこれ。近くにあったの持って来たんだけど」

 赤井が通学鞄から充電コードを取り出すと、菅黄が受け取り、

「コンセント、ここにありますよ。届きますよね」

 と、コードを伸ばして差し込んだ。

「つかない。この充電コードじゃなかったかな」

 赤井はポチポチと電源ボタンを押している。

「大丈夫だよ。赤いランプがついてるでしょ。いくらか充電されてからじゃないと、起動しないんじゃない?」

「ふぅん。パソコンって面倒ねぇ」

 などと言っている。

「何を見せたいのか、先に教えてよ」

 と、青枝は聞いた。

「うん。これなんだけど」

 と、言って赤井は、鞄のポケットからSDカードを出して見せた。



「また、推理の依頼が来たのよ」

 ミステリー研究会部長の赤井は、書記の菅黄の前に活動記録ノートを置いた。

 副部長の青枝は、

「おもしろ映像って訳じゃないのね」

 と、肩を落として見せる。

「うちの近くの裏山の方にさ。廃工場があったじゃない?」

 思い浮かべてみながら青枝が、

「今でもあるでしょ?」

 と、聞いた。

「うん。元々は廃工場だったけど、今は倉庫として貸してるんだって。うちのお隣さんが、その倉庫の所有者でね」

 活動記録ノートを開きながら、菅黄が首を傾げた。

「工場が倉庫になってるんですか?」

「工場に残ってた機械とか片付けて、倉庫みたいな広い空間にしたんだって」

「なるほど」

「ここ最近、ひと月くらいって言ってたかな。貸し倉庫に隣接してる建物の中に、粗大ゴミの不法投棄が増えてて困ってるんだって。これは、その場所の防犯カメラの映像なの。犯人らしい人影が写ってるものの、犯人と言って良いのかどうかわからないから見て欲しいって頼まれてね」

 SDカードを指で摘まみながら、赤井は話した。

「不法投棄は自治体か、警察案件じゃないの?」

 と、青枝が眉を寄せる。

「なんか、ややこしい話なんだけどさ。倉庫を借りてるのが石黒いしぐろ急便っていう、アパレル通販の配達とか返品の集荷とかしてる下請け企業でね。倉庫の所有者の白沢しろさわさんは、てっきり不法投棄じゃなくて、貸倉庫以外の場所にも勝手に物を置いてるだけだと思ってしばらく放置してたんだって」

 菅黄はノートにメモを取りながら、

「アパレル通販の下請け配達会社『石黒急便』が倉庫を借りていて、倉庫の所有者の名前は白沢さん……」

 と、呟いている。

「そうそう。それで、白沢さんが石黒急便の人に聞いてみたら、うちの荷物じゃないって言われたんだって。通販会社の専用倉庫は別にあるけど、白沢さんの倉庫ではリコールとか、クレーム対応中の商品とかが保管されてるみたいでね。大勢のアルバイトとか不特定多数の目に触れる専用倉庫とは別に、わざわざ借りている倉庫なのに、同じ敷地内で不法投棄なんてされてたら困るって。逆に、苦情を言われちゃったみたい」

「それで防犯カメラを確認してみたら、犯人らしい人影が映ってたってわけね?」

「その人影から犯人を推理するんですね」

 と、青枝と菅黄が頷いた。

 ノートパソコンの電源ボタンを押すと、ウィーンと作動音を立てて画面が明るくなった。

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