第2話 夏のマネキンミステリー
1 ミステリーのホラー要素
猛暑の季節でも、ひんやりとした部屋がある。
日差しの方向、建物や樹木の影、風向きと窓の方向など。
灼熱の太陽に温められたり、熱風が流れ込むこともない。
白いカーテンの引かれた窓際に、向かい合わせで並べたソファー。
制服姿の女子高生がふたり、足を伸ばしてくつろいでいた。
「
ミステリー研究会2年生、書記の
一般教室の半分ほどの広さの部屋に、長机やパイプ椅子を適当に並べている。
部屋の中央に置かれた長机の上に、ハードカバーの本が積まれていた。ソファー側に背表紙が向けられている。
3年生の副部長、青枝は手元の文庫本を眺めながら、
「いつも通り、部長が図書室からパクって来たのよ。それ全部、推理小説なんだってさ」
と、答えた。
「
と、菅黄は冷めた目で眺めながら言っている。
「まあ、夏だからね。
「なんスか、その分類……もう、文字だけで怖いんですよ」
「ホラー要素で涼めるかはともかく、読んでる間は暑さを忘れられるのかもね」
そう言って、青枝は前髪を耳に掛けた。
青枝は長い黒髪ストレートヘアをまとめて、ヘアクリップで止めている。
菅黄は涼しげに見える金髪ベリーショートヘアだ。
ピアスだらけの耳に触りながら立ち上がり、菅黄は長机に歩み寄ると、積まれた本の向きを変えた。
ソファー側から背表紙の文字が見えなくなり、青枝が含み笑いを漏らす。
菅黄は小さく咳払いしながら、青枝の向かいに座り直した。
「呪いによる完全犯罪って、矛盾した言葉だと思うんですよ」
「犯罪には、ならないはずってこと?」
「呪いとか祟りってことにして事件性を霞ませるとか、犯人探しの目を交わすとか。あとは、完全犯罪が出来たから自分の呪いの力は本物だとか。そもそも、呪いに見せかけている方法を考えるよりも、先にオチが見えちゃって推理を楽しめないって言うか」
長机の本の山に目をやりながら、菅黄は話した。
青枝は手元の本のページをめくりつつ、
「それはそれで面白いと思うけどね。まあ、私は事件性が出ちゃってる時点で、呪いではないなって思っちゃうかな」
と、言っている。
「呪いの事件性、ですか?」
「本当に呪う力があるなら、呪いたい相手を心臓麻痺にさせるなり交通事故を起こさせるなり。自分は全く関わりのない所で、不幸を起こさせればいいじゃない?」
「あぁ、確かに」
「容疑者のひとりとして推理に参加させられるような場面に立っちゃってる時点で、あんまりレベルの高くない呪いになってる気がするんだよね。自分の呪いの力を証明したいなら、それこそ警察が動くわけにいかないような不幸を起こしまくるとかさぁ。自己主張し過ぎずに、わかる人だけが震えあがるくらいの現状を用意する方が、呪いの証明になるんじゃないかな」
「それじゃ、推理小説としても成立しませんね……って言うか、ラブクラフト読みながら怖いこと言わないで下さいよ」
「これはミステリアスな怪奇小説だよ」
満面の笑みを見せ、青枝は言った。
カーテンを引いた窓は、空調のために隙間を開けている。
日陰や立地のおかげで過ごしやすい部室だが、窓の外ではセミの声が賑やかだ。
「そもそも、うちの学校の図書室、ミステリーとホラーがごちゃ混ぜじゃないですか。ここの本棚は、気軽に推理が楽しめる本が多いですけど」
片壁一面に並べた本棚を眺めながら、菅黄が言っている。
青枝も顔を上げ、
「分類も一辺倒じゃないからねぇ。ジャンル分けの色んな意見を言い出したら切りがないし、学校の図書室だと、なかなか難しいんだと思うよ」
と、答えた。
「まあ、売ることを目的にした本屋だって、分類は難しそうですけどね」
手元の本を閉じ、青枝は菅黄に笑みを向けると、
「リアルな世の中ですら、単純なひとつの要素では説明がつかないでしょ? 可愛いだけのヒロインなんて現実的じゃないし、悪意100%の犯人も、人に嫌な思いを一度もさせたことのないヒーローも、ちょっと感情移入しにくいし。推理小説だって、色んな要素が絡み合ってこそってところもあるんじゃない?」
と、話した。頷きながら菅黄は、
「ジャンルの定義とかストーリーの要素が、狭いもんじゃないってのはわかりますよ」
と、答える。
長机に積まれた本を指差し、青枝は、
「一冊、読んでみれば?」
と、聞いてみた。
「結構です」
「即答?」
「……私が入部した理由、覚えてないですか」
「もちろん、覚えてるよ。『スティーブンキングが怖くて、ひとりで読めない』だったよね」
「……はい」
口を尖らせながら、菅黄が答えた。
「あれは怖いのが苦手でも、惹かれるのわかるわ」
「ここで読めて良かったです」
「ホラーに分類されるかどうかはともかく、私は恐怖要素のあるミステリーも好きだよ」
「
と、菅黄に聞かれ、青枝は、
「うーん……」
と、少々考えてから、
「トリックを暴かれて、犯人が自首して事件は解決してしまうものの、説明のできない不気味な要素が残る、みたいなやつ。そういう考察要素を残すのも、それはそれで楽しめるんじゃない?」
と、話した。
「わかりますけど、それが怖いんですよ」
と、菅黄は即答する。
青枝は手元の文庫本の、裏表紙にあるあらすじを眺めてみた。
「映画みたいな映像物には『パニックホラー』って言葉とか『残酷なシーンがあります』みたいな表記がされてることは多いけど。書籍には、そういう配慮って少ないかもね。検索しようにもネタバレされたら意味ないし。そもそも文字だけだから、読者の想像力によって異なる部分でもあるし」
「明らかにホラー要素が満載なら、あらすじに書いといて欲しいです」
そう言って、菅黄は溜め息をつく。
珍しくむくれている菅黄に、青枝は、
「よしよし。怖すぎる推理小説でも読んじゃったの?」
と、聞いた。
「……はい」
「文字を読むだけで、背後にオバケが現れるなんてことは無いから、安心しなよ」
などと言われては、菅黄は背後を確認せずに居られないのだ。
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