5 謎とトイレの詰まり、解消


 菅黄すがきはミステリー研究会の部室で、日向ぼっこをしていた。

 ソファーに寝そべり、

「北校舎1階の奥なんて静かな場所、よく部室に取れましたね」

 と、向かいに座る青枝あおえだに聞いてみる。

「うん。部活じゃなくて同好会のうちらは、使わせてもらえる教室が無かったんだけどね」

 青枝も足を伸ばしながら欠伸をひとつ。

赤井あかいがミステリー研究会を作りたいとか言い出した頃、PTAが学校の節電について騒いでたのよ」

「節電?」

「放課後の校舎の未使用領域に、電気を点けておくのは無駄だって言われてたの。節電しろって。でも廊下の照明は北校舎1階の廊下、ひとつのスイッチで全部消えちゃうのよ。北校舎の西側には美術室があって、美術部が使ってるでしょ? そうすると今度は、配電設備がエコじゃないって言われる。この場所が放課後に使われてさえいれば、配電だの節電だのの問題はなくなるわけよ」

 と、話した。

「なるほど。その問題を利用して、部室をゲットしたんですね」

 そう言って菅黄がパチパチと拍手する音に、近づいて来る足音が重なった。

 ふたりが目を向けると、ガチャンッと勢いよく部室の扉が開かれる。

 飛び込んで来たのは、部長の赤井だ。

桃瀬ももせさんが確かめたって!」

「じゃあ、やっぱり?」

 と、菅黄が聞いた。

「館長! 館長だったよ。館長が自白したって!」

「ドア開けたままカンチョーカンチョー言ってないで座りなさいよ」

 大きな溜め息を洩らし、青枝は赤井をソファーに促した。



「あれから何度も女子トイレに侵入してた。言われた通り、残り少ない無芯ロールを床に置いといたら、館長が入った後に消えててゴミ箱にもなくて。館長の後をそっと追いかけてって、使いかけのロール紙を踏み潰して流してるのも目撃したって」

 興奮気味に赤井は、伯母の桃瀬から聞いた話をふたりに伝えた。

「桃瀬さん、ナイスー」

 と、青枝が拍手する。

「じゃあ結局、ひねくれた自己主張だったってことですか?」

 活動記録ノートに書き込みながら、菅黄が首を捻る。

「うん。とぼけてたけど『では詰まりと関係させずに、男性が女子トイレへ何度も侵入していると運営企業に報告することになりますが』って言ったら自白したみたい。その自白も録音して、運営企業に報告したって」

 と、赤井は話した。

「男子トイレの方は、どうだったんだろうね」

「古い方のトイレの時は、男子トイレでも同じことしていたみたい。新設されるのが女子トイレだけじゃズルいとかいう、幼稚な理由で」

「うわぁ。マジ幼稚」

「よくわかりましたね、青枝先輩」

 菅黄のウサギ柄のペンを眺めながら、青枝は、

「排水設備に問題なくて業者さんも原因になるものが見付けられないなら、トイレットペーパーみたいな水に溶けるものが溶け切らないタイミングで詰まってた可能性が高いよね。体育館にあるトイレが詰まらなくて、人気ひとけのない時間帯があるトイレが詰まってたのは人為的な詰まりって証明でもあるし」

 と、話した。

 赤井と菅黄が、ふむふむと頷きながら聞いている。青枝も頷いて見せ、

「うちらが行った時、館長が入ってた個室に使いかけのロールがあったでしょ? 館長が『これこれー』とか言ってたやつ。それが原因と思うなら、ホルダーに付け直すなり片付けるなりすればいいのに。あれは、これから流すつもりだったのかなってね」

 と、続けた。赤井も、

「館長はスポーツ教室の時間割を把握していた。先生や生徒さんと違って常駐してるんだし、人気ひとけのない時間を選んでトイレへ出入りすることも簡単だったわけだね。体育館の方のトイレは利用者が多くて、わざと詰まらせる隙も無かったんだ」

 と、話した。

 まだ首を捻りながら菅黄は、

「新しいロールを使うために使いかけを流す人が居るとか、勝手にロールを持ち帰ってる人が居るとか。『そんな人が居るんですよぉ』って、主張するのが目的だったってことですよね。確かに世の中にはそんな人もいるんでしょうけど、それを自作自演で主張するって、意味わかんないです」

 と、言っている。青枝は頷き、

「うちらが行った時も女子トイレに侵入してるのを悪びれもせずに、堂々と自己主張してたでしょ? 悪を正すためだから自分は何をしても正義、みたいな態度。悪者探しするとか、被害主張するとか。そんなんでも気持ちよくなるのは勝手だけど、悪者に仕立て上げられる被害者がいたらダメでしょ。そもそも女子トイレで気持ち良くなるとか、普通にキモいし」

 と、話す。

「確かにキモかったですね」

「うん。キモい」

 と、3人は口が悪い。



「相変わらず、達筆だねー」

 菅黄が、赤井と青枝の話を活動記録ノートにまとめている。

「どうも。それで館長はどうなったんですか?」

「市民体育館の運営企業に任せてるって」

「即クビじゃないんですか」

 と、菅黄は首を傾げた。青枝は小さく溜め息をつき、

「クビだけじゃ済まないんじゃない?」

 と、言った。赤井も、

「懲戒解雇だけじゃないの?」

 と、首を傾げる。

「個人の主張のせいで、トイレを新設させられてるからね。市の委託だし費用の割合はわからないけど、トイレの新設費用とか請求されるんじゃないかな」

「そっか。お金かかっちゃってるもんね」

 頷きながら、赤井は目をパチパチさせた。

 まとめ上げたノートを眺めながら菅黄は、

「盗撮カメラでも仕掛けてるわけじゃなくて良かったです」

 と、言っている。

「急に業者さんを呼ぶ状況になるかも知れないもん。カメラなんか見付かっちゃうよ」

「見付からないように、こまめに設置したり回収したりしてるところを、うちらが目撃したのかもって思ったんですよ」

「館長が『万引き禁止』の貼り紙を用意してたでしょ? 左右の空白がバランス悪くて。よく見たら、切り取ったイラストを貼り付けてコピーしたような薄い線があった。パソコンとか、カメラみたいな機械類は苦手な人なんじゃないかな」

 軽く笑いながら青枝が話すと、赤井と菅黄は、

「おぉー」

 と、感心の声を漏らしながら拍手した。

「桃瀬さんも、館長のこと疑ってたと思うよ。女子トイレに侵入するタイミングも感付いてたのかもね。でも何をどう疑おうにも漠然としていて、困ってたんじゃないかな。勤め人は職場の人間関係も大変だ。変な奴でも年上なら上司になっちゃったり、立場的に身内としてフォローが必要だったり」

 渋い表情で青枝が言うと、赤井と菅黄も渋い顔をして頷いた。

「でも、解決だね」

「うん!」

「そうですね」


 トイレの詰まりと謎は解けた。

 市民体育館の事務員、桃瀬の苦労も一緒に解消されたのかも知れない。

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