7 心霊スポットの捏造、阻止成功
数日後、隠しカメラの映像に動きがあった。
事務所の裏口に、黒い軽自動車が停められている。
そして、窓の外では三脚にビデオカメラが設置されていた。
ワンピース姿のマネキンが、ビデオカメラの向く窓の中に立っている。
いや。マネキン仮装用の『のっぺらマスク』を被り、水玉柄のワンピースを身に付けた男だ。
近付く3人の姿に気付き、慌てふためいている。
白沢を先頭に、3人は裏口扉を開けた。
「
と、青枝が声を掛けた。
「なっ、なんだよ。誰だよ!」
マスクにこもった声は、まだ若そうだ。
きょろきょろと逃げ道を探しているようだが、裏口扉の前に3人が立ちふさがった。
青年の足元に、裸マネキンが横たわっている。
「近くで見るとこうなってたんですか。表の防犯カメラじゃ、わからないもんですね」
痩せて見えるが、男性の体格だ。
女性型マネキンより肩幅もあり、ワンピースの背中のファスナーが開いたままだ。
白沢は、思いきり白い目を向けながら、
「ここの所有者ですけど」
と、名乗った。
「……」
「部屋を横切るだけでは再生回数が伸びず、今度は敷地内の徘徊ですか」
と、青枝が言う。
「なんで……」
「地名と倉庫名で検索したら、すぐに見つかりました。ここが心霊スポットかのような動画でしたね」
白沢は、のっぺらマスクの青年に懐中電灯を向け、
「って言うか、その声。近所の灰藤さんの次男坊だよね。そこの車も見覚えあるし。なにやってんの。動画撮影なら余所でやってよ」
と、言った。
鼻に小さな通気穴は見えるが、口は開かない構造らしい。
モゴモゴしていた青年は、のっぺらマスクの首元を思いきり引っ張った。
汗で外しにくいらしいマスクにも苛立ち、青年は外したマスクを床へ叩き付けた。
整ってそうな顔立ちも、駄々っ子のような挙動で台無しだ。
「なんで機械が無いんだよ!」
汗に濡れた茶髪をかきあげながら、灰籐青年が声を上げる。
「機械?」
「壊せる機械があったはずだ! 入り込んで動かしたことあるんだっ」
「どういうこと?」
と、白沢は青年ではなく、青枝に訊ねた。
青枝は冷ややかな視線を青年に向けながら、
「倉庫が廃品工場だった頃の破砕機かなにか。以前に入り込んで、勝手に動かしたことがあるみたいですね。今でも勝手に使って、マネキンを壊せる状態だと思っていたんでしょう」
と、説明した。
「そうだよっ。機械があれば、こんな手間かからなかったのにっ」
と、灰籐青年が自白する。
「えー? 古い機材を処分して、もう十年は経つんだけど」
「確認不足すぎますよぉ」
と、赤井にも突っ込みを入れられる始末だ。
「見た目が変わってないんだっ。そのまま放置されてると思うだろ!」
「で、なんで動画撮影なの?」
首を傾げる白沢に、もう一度、青枝が、
「工場は貸倉庫になってしまっていたから、処分に困ったマネキンでホラー映像を撮ることを思い付いたんだと思います。動画がバズッて有名な心霊スポットにでもなれば、無断侵入する人も増えて、不法投棄した自分は疑われなくなる。って、ところでしょうか?」
と、解説した。
「心霊スポットの捏造ねぇ。肝試しに来た若者たちが、壁に落書きとかしちゃう感じ?」
などと、所有者の白沢が呑気なことを言っている。
「でも、自分で撮影してるなら、ここの防犯カメラにまで写り込む必要ないじゃないですか」
と、赤井も聞いた。
「防犯カメラにヤバいの映ったら、動画アップする奴が多いんだよっ」
「へー、そうなんだ」
「動画数が増えれば信憑性も増すってことですか」
「当たり前だろ!」
静かな夜の事務所に、灰籐青年の声が響く。
叫ばないと話せないのだろうか。などと思いつつ青枝は、
「でも、スタイル良くないと出来ないことですね。表の防犯カメラでは、本物のスタイリッシュなマネキンに見えてました」
と、褒めてみた。
「劇団に所属してる」
「役者さんですか」
「そうだよ。短編映画に出演してるんだ」
やっと落ち着いた声量で、灰籐青年は言った。
「この古いマネキンは何なんですか」
「ホラー映画の大道具」
「あぁ、なるほど」
「監督がアパレル系の知り合いからタダでもらったマネキン。映画で使い終わって、保管場所も無いから処分するって……」
「その監督、どこの人?」
と、白沢に聞かれ、灰籐青年は子どものように地団駄を踏んだ。
「監督は関係ないっ。近所に廃品処理場があるって俺から言ったんだ」
「安請け合いしたと」
「処理費用はもらってる!」
と、また青年の声が大きくなった。
「ん?」
首を傾げる赤井と白沢に、青枝が、
「処理費用をネコババしたわけですね」
と、解説した。
「その服は?」
「しまいっぱなしでカビ臭くなってた撮影衣装。これも処分する事になってたから」
「なるほどー……」
「でも動画再生数は、ひと月で二桁。近所で噂話くらいになるまでは、マネキンを演じに来るかなって思ってましたけど。本当に、ご近所さんだったんですね」
と、青枝は小さく息をつく。
「自分で言い触らしちゃえば良かったのに」
などと赤井が言うので、
「良くないけどね」
と、白沢は苦笑いだ。
「発信元がバレるだろ!」
「それもそうですね」
「……」
髪を掻き首を捻り、大きな溜め息とイライラを表現する身振り手振り。
3人は顔を見合わせ、赤井がなだめるように、
「工場の機械が無くなってるってわかった時に、監督さんに言えなかったんですか」
と、聞いた。
「……言える訳ないだろ」
「どうしてですか」
「なんで言わなきゃいけないんだよっ」
「事実だからですよっ」
「だから、なんで言わなきゃいけないんだよっ。そんなの俺の勝手だろ!」
「ほら、静かに静かに」
赤井と灰籐青年の言い合いを、白沢が手を平つかせて止めた。
「マネキン処分方法は、君たちの勝手だけどね。それが私有地への不法投棄なら犯罪でしょ」
「証拠はあるのかよ!」
などと言い返されて、白沢もポカンとした表情になった。
この状況でまだ、さらに証拠が必要と思っているらしい。
仕方なく青枝は、
「今現在、あなたは自白中ですし。それに自分で証拠を全世界に発信しましたよね?」
と、説明を始めた。
「は? 世界?」
「マネキンを演じているあなたが動いている動画。地名や倉庫名を出した上で、実際の防犯カメラとは違う角度で撮影した映像を、この倉庫の防犯カメラの映像だと偽って投稿しています。倉庫の持ち主が被害届を提出すれば、すぐにあなたの犯行に行きつきますよ」
「……不法投棄なんか誰だってやってる」
「自白ですね」
と、赤井が言い、青枝も、
「不法投棄する人も、何かの費用をネコババする人も世の中にはたくさんいますが、全員犯罪者ですよ」
と、続けた。
「……」
静かになった空気の中、白沢が唸るような低い声を漏らした。
「マネキンオバケに会えるかもって、ちょっと期待しちゃったよ。中身がお粗末でガッカリだ」
「貞子だって女優が演じてるんだぞ!」
「はいはい。動画を削除して、投棄したマネキンも全て引き払えば、法的措置については考え直すよ」
「……」
灰籐青年は、無言で足元の裸マネキンを抱え上げた。
事務所の裏口を塞いでいた3人が道を開ける。
念のため赤井が、車で逃げないようにトランク横で睨みを利かせていた。
不法投棄されていたマネキンは全て、灰籐青年の軽自動車に詰め込まれ、事務所内から姿を消した。
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