3 静かな旧トイレの調査
冬枝に新緑も芽吹き、春の日差しが優しくそそぐ山道。
爽やかな風が木々の隙間を抜けていく。
ミステリー研究会の女子高生3人と事務員の
山の中腹にある市民体育館で、トイレの詰まりの謎を調査するのだ。
「桃瀬さんは、何が原因だと思いますか」
道中、
「とんでもない量の排泄物ってことはないと思うけどね」
軽く笑いながら、桃瀬は首を傾げる。
3人も苦笑いだ。
「業者さんからは、流す水に対して紙の量が多いんじゃないかって言われたわ。でも、ハッキリした原因はわからないみたいなのよ」
「明らかに詰まりの原因になりそうな、固形物が見付かっているわけでもないんですね」
と、聞いた。
「そうみたい。新しいトイレの点検でも、異常は無いって」
「やっぱり私たちが行っても、どうしようもないんじゃありません?」
「プロの業者さんより、素人のうちらが気付けることもあるかも知れないよ」
と、
桃瀬は腕時計を見ながら、
「利用者さんたちに聞き取りとかはNGでお願いね。これ以上、クレームになると困るし」
と、言った。
「新しいトイレの詰まりの気配は、伏せてるんですか?」
と、青枝が聞く。
「委託とはいえ、
桃瀬が、大きな溜め息を吐き出した。
「ノイジーマイノリティーってやつ?」
目をパチパチさせながら赤井が言う。
「批判することが目的な奴の主張なんか、少数派って呼ぶのも変だけどね」
と、青枝も冷めた顔で溜め息をついた。
4人は土の道から舗装された道路へ出た。
Y字路を折れると、市民体育館の駐車場が見えてくる。
「給水管と、配水管が……」
歩きながら菅黄は、スマホで水洗トイレの仕組みを調べている。
「いいよ、スガ。プロの業者さんが調べても原因不明なんだから」
と、青枝が言った。赤井も、
「ほら、足元に段差あるよ。転ばないようにね」
と、声をかける。
「はーい」
「古いトイレは駐車場の近くよ」
正面扉とは別に、駐車場側にも通用口があった。
外壁にひび割れなども目立つ建物だが、屋内はそれほどの傷みも見られない。
桃瀬を先頭に、赤井、青枝、菅黄も市民体育館の廊下へ進んだ。
ヒンヤリとした狭い廊下だ。
外からの光が明るく、照明は消えている。
「静かですね」
「今は午後2部の時間だから。もう少しすると、夕方の教室との入れ替わりで賑やかになるわよ」
と、桃瀬は答えた。
すぐに『使用禁止』という紙の貼られた扉が見えた。
「そっちに更衣室があって、ここが古いトイレ。使用禁止だから水は流さないでね」
そう言って、桃瀬は女性用トイレの扉を開けた。
トイレの窓は磨りガラスだが、こちらも明るい光が射し込んでいる。
「普通のトイレですよね」
「スガちゃん。一応、間取りも書いてね」
と、赤井が言う前に、菅黄は鞄からノートを取り出していた。
「左右に個室が3つずつ。廊下側の壁際に水道が3つで……」
呟きながら、菅黄はノートに間取りを書き込んでいく。
その間に、赤井と青枝は個室を覗いた。
ペーパーホルダーに、トイレットペーパーはセットされていない。
便器や水道回りにも水滴はついていなかった。確かに使用されていない様子だ。
「こっちの一番奥だけ和式だよ」
「はーい。左側の一番奥が和式……」
個室の扉や仕切り板は、ペンキ塗りの木製だ。
床は水はけの良さそうなタイル貼りで、継ぎ目には劣化が見られる。
「木造&タイルのトイレって、なんか懐かしい」
「わかる。小学校のトイレとか、こんな感じだったよね」
「うちの学校の体育倉庫の隣にあるトイレも、こんな感じじゃないですか」
便器の向きや扉の開く方向も丁寧に書き込みながら、菅黄が言った。
桃瀬は菅黄のノートを覗き込みながら、
「そのトイレが詰まりやすいってことは?」
と、聞いた。
「逆に、めちゃくちゃ勢い良く流れてたと思います」
「あぁ、そうなの? やっぱり、場所によるのかしらねぇ」
「元々は、体育館のトイレってここだけだったんですか?」
「ううん。ここは事務棟でね。大きい体育館の中に、シャワー室と併設されたトイレもあるわ。そっちのトイレは混雑するから、ここまで来る利用者さんが多かったの。でも、体育館の方のトイレは詰まったことないのよね」
「あぁ、そうなんですね」
菅黄は、その情報もノートに書き込んだ。
青枝は、個室の扉を眺めている。
どの扉にも、古いセロテープの跡が残っていた。
「これ、使用禁止って貼り紙の跡ですか?」
と、青枝は桃瀬に聞いてみた。
「そうよ。セロテープを使ったから、汚くなっちゃって」
「いつも決まった個室が詰まるわけじゃないんですね」
「ええ。一か所が詰まって、直ったと思ったら別の場所が詰まったりしてたわ」
「不思議ねぇ」
赤井がのんびりと言っている。
「じゃあ、とりあえず。新しいトイレも見に行ってみようか」
そういう事になった。
新しいトイレへ行く前に、3人は体育館の入館受付を済ませた。
もちろん、トイレの調査ではなく体育館の見学という名目だ。
名前や入館理由を記入し、見学者用ネームプレートを借りた。
正面玄関や受付窓口の周辺にも、現在は利用者の姿もなく静かだ。
「最近は入館管理とか、防犯もキッチリするようになってるのよ」
廊下を進みながら、桃瀬が声を抑えて言っている。
ネームプレートを首に下げた赤井が、
「それなら、部外者が勝手にトイレを利用することもないかぁ」
と、言った。
「ここが新しいトイレよ」
確かに周囲の壁や廊下から浮いて見えるほど、真新しいトイレだった。
正面に多目的トイレがあり、左へ進むと男性用トイレ、右が女性用トイレだ。
4人が女性用トイレに入って行くと、中から水を流す音が聞こえた。
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