第6話 最悪の出会い
――「あの日」からいくばくの時間が過ぎた。
あの日、誰と遊んだかは思い出せないままに、日々はつつがなく過ぎていく。
確実に誰かと遊んだ。でも、その誰かは思い出せない。記憶にもやがかかったように。
――きっと、いずれ忘れ去るのだろうけど。
「あー、むしゃくしゃする!」
「お兄ちゃん、どうしたの?」
妹の蘭に言われて、僕は少しの冷静さを思い出す。
……僕は京介、十八歳女子小学生……よし。
冷静に自分の境遇を脳内で暗唱してみて、その意味不明さに少し笑う。
「……病院行ってくれば? 頭の」
「それもいいかもしれないね……」
苦笑する僕に、妹は白い目を向けていた。
「とりあえず、散歩にでも行ってくる」
「いってらー」
外出用のカジュアルな女児服にだいぶ慣れてきてしまった自分がいるのが少し恐ろしい。
外に出る前に改めて鏡を見ても、自分のミニスカート姿にそこまで違和感を感じなくなっていた。重症である。
ひとつため息を吐いて、玄関を開ける。
――外は初夏の快晴。嫌になるほど眩しくて暑い。
雲一つない空に、ため息を一つ漏らした。
偽りの顔でしか暮らせない自分に、少し嫌気がさす。
……だめだ、こういうテンションの時はなにを考えてもネガティブになってしまう。
そうしてふらふらと歩いているうちに、赤い鳥居が目に入った。
きっと何かの縁だろうし、と僕はその鳥居へ足をのばす。
人気のない境内。特に何の変哲があるわけでもないが、閑静な住宅街が作り出す静寂さと雰囲気が、ある一種の神秘性のようなものを作り出し、僕を緊張させる。
参道の真ん中を避けつつ一番大きな建物の前へとたどり着く。石段を数段あがって、大きめの賽銭箱の前に立つ。
二礼、二拍手、一礼。以前テレビで見かけて何となく覚えていたうろ覚えの作法を真似して、神様に畏敬の念を伝える。
神様、どうか僕を男に戻してください。
――もっとも、神様が本当にいるかなんてわかりはしないのだけれど。
賽銭箱の前、僕はくるりと振り返り、石段を下り。
軽く深呼吸をした。
……少し、気分が晴れたかも。
わずかに口角が上がったのを感じたのもつかの間。
さて、帰るか。
「んん……」
軽く体をのばし、参道の脇を歩きだした僕。
そのときである。
急に、お尻をつかまれた。
「わひゃっ」
「ほうほう……『かわいい』お尻ですね☆」
少女の声。あからさまなセクハラ行為。
僕は思わず赤面し、ばっと振り返る。誰もいない。いや、足元。
視線を下に向けると、少女がしゃがみこんで僕の鼠径部をガン見していた。
「いいですねぇ、おむ尻ってのは。もこもこでかわいくて、ワタシはいいと思いますよ☆」
バレないように重ね履きのブルマをはいていたのに。
軽度の恐怖。失禁。ブルマの下に穿いていた下着――おむつの中が、あったかくなり。
それを見た少女は、にこやかに笑って、口にした。
「かわいいですね☆」
背筋に寒気。
思わず叫んだ。
「ヘンタイだ――――!!」
*
「ごめんです☆ あんまりにもかわいかったもんですから、つい」
「ついじゃないよ……もう」
むすっと頬を膨らます僕。それを見て、さっきの変態少女は。
「マジでごめんネ☆」
全く謝っているように聞こえない声音で口にする。
ため息を吐いた。少女はへらっと笑って僕の手を引く。
「どーせだし、あっちで話しませんか? 冷房、きいてますよ☆」
手を引かれてついていった先は、社務所。
「え、入って大丈夫なの?」
「いいのです。気にしなーい気にしない☆」
神社の娘か何かだろうか。心にもやっとしたものが走るが、ひとまず気にせずに入ることにする。
少女に案内された和室。僕はその少女と対面して、正座で座る。
――よく見てみると、少女の格好は少し妙だった。
まず目を引くのは、てらてらと輝く銀髪。絹糸のような柔らかさを感じさせる長いそれに、強いて言うなら猫耳のような――もっとわかりやすいたとえをするならば、漫画「ちょびっツ」のヒロインであるちぃの、耳みたいなアレと酷似している――特徴的な見た目の髪飾り。
髪と似たような色をした目はくりくりと大きく、常に猫のように口角を上げていて、頬はわずかにピンクに色付いている。
そして、服装はきょうびアニメのヒロインでもあんまり見かけない、青天とひまわり畑が似合いそうな真っ白のサマードレス。
おそらくは小学生から、中学生にはならないくらいか。それも(ここ最近腐るほど見てきた)高学年くらいの少女。わずかに膨らんだ胸がそれを物語っていて――。
「ヒトの姿をまじまじと見るなんて、キミもなかなかのヘンタイさんですね☆」
「違うから!」
言動も含めて、まるで漫画やアニメからそのまま出てきたような少女だ。そう感じた。
その銀髪少女は、にこやかに目を細め。
「――さて、突然ですが、あなたは不幸にも『選ばれて』しまいました……☆」
口にした。その瞬間、雰囲気が変わった。
少女は朗らかな顔のままなのに、しかし纏う雰囲気は一気に緊張感を帯びる。
「何に選ばれたか。明言はしませんが、あえて言うとすれば――あなたはもうとっくに『すべての中心』だったのですよ☆」
まるでいたずらのネタバラシをするかのように、意味の分からないことを告げる少女。
「まあ、それ自体がどうというわけじゃないです。我々は所詮舞台装置なので、どうすることもできませんしね☆」
「は、はぁ。……話が見えてこないのだけど」
「ええ。ちょっと口が滑りましたね☆ 話を戻しますと――選ばれた人ってのは、基本みんな不幸な目に合うもんなんですよ」
「……なんていうか、理不尽だ」
「そういうものです。物語はそういうところから始まるものですから」
少女は一呼吸おいて。
「――そろそろ、転です」
真面目そうな面持ちで告げた。張り詰めた雰囲気。
「起承転結の、転。三幕構成でいうミッドポイント。ちょっと遅めだけど、それをもってキミの物語は本当の始まりを告げます」
思わず息を呑んだ僕に、少女はわずかに微笑む。
「安心してくださいね。ワタシは、伏線を貼りに来ただけですから☆」
そう言って少女は、僕の手を取って。
「持っててください」
手渡されたものは――血のように赤い、歪で小さな石のかけら。
「これをいつどう使うかはあなた次第です。けど」
そして、少女は再び目を細めて、告げる。
「きっと面白くなることを、期待してますよ☆ ――
背筋に悪寒が走った。全てを見透かされているような気がして。
そして、思った。
――神は本当にいるんだな、と。
*
家に帰って二階への階段を上がる。
「はー……疲れた」
ため息。家を出る前の軽い憂鬱は疲労とかのせいですでに吹き飛んで、あとに残ったのは鈍い倦怠感。自分のベッドに飛び込むために自室のドアを開け――。
そこには下着姿の妹がいた。
ラベンダー色のジュニアブラ――に包まれた小ぶりで成長中なのを感じさせる胸部。引き締まって均整の取れた腹と、ほどよく肉のついた尻。大人びた形のしましまショーツに包まれた下腹から、一切毛の生えていないつるつるのふとももまでもを本能的に一通り見まわして――僕は目を逸らしがちに告げた。
「その……ごちそうさまです?」
「おにいちゃんのばかぁ!!」
顔を赤くして、彼女は思いっきり僕を引っ叩いた。
その瞬間だった。僕が「それ」を見たのは。
彼女の鼠径部。ふとももの内側。ショーツで半分隠れた、それは――
――不思議な形の、痣だった。
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