[6] 実技
話を聞いてなお野焼は熱心な目でこちらを見ている。ちょっと怖いぐらいに。
痕先考えない、今だけを見ている、少年的な熱心さ。それなりに決意は固いようだ。
ふと蜩は過去のことを思い出していた。自分も同じ目をしていたのだろうか。それは鏡に映らないものだ。
「外に出よう」
蜩の発言に3人はいきなり何を言い出したのかという顔をした。気にせず言葉をつづける。
「どれだけ動けるのか見たい」
適当に広い空間を探す。教会前の空き地がちょうどよかった。
4人でうろついていたところ、一仕事終えて休憩中だった人たちが近寄ってくる。
見慣れないよそ者がいることが目を引いたのだろう。十数人ほどの人々がわらわらと集まってきた。
海鼠は村人たちに「今度うちに来た冒険者なんだ」と蜩のことを簡単に紹介していた。
輪の中心では蜩と野焼が向かい合う。周囲半径3Mぐらいには人はいない。
まあそのぐらい離れてれば大丈夫だろう。非常に簡易的なリングができあがる。
野焼に語りかけた。観客たちにも聞こえるようにそこそこ声を張って。
「これから実技試験を行う。殴り合いだ。勝ち負けは関係ない。お前の格闘能力を知りたいだけだ。ケガをするような無茶はするな。俺を力で納得させてみろ」
――なんて一応挑発的に言ってみたが、実のところこの時点でもう弟子をとることに抵抗はほとんどなくなっていた。信頼されているなら受けて入れてやろうといった感じ。
やる気に満ち溢れてる生徒なら特にこっちが世話を焼かずともなんとかなるんじゃないかろうか。そんなあわい期待も混じっていた。だからそのやる気があるなら実技を通して見せて欲しかった。
距離をとって互いに構える。野焼は一応様になっている。
多分蜩の構えをそのままマネしてるんだろうが要点はとらえている。形だけのサルマネにはなっていない。
特に合図なしに試合を開始した。
あくまでこれは試験だ。本気の殺し合いなんかじゃない。
蜩はどっしり構える。ひとまずこちらから動くつもりはない。相手の出方を見たいところだ。
一呼吸おいて野焼は動き出す。足の動きは軽い、悪くない。
が、あまりに素直だ。単純に動きが読めてしまう、直線的にすぎる。
強く踏み込んできた。左の拳が飛んでくる。片手で止める、鋭さはあるがいかんせん軽い。
つづけて右を突き出してくる。動きは完全に見えている。
どうしたものか? 考える時間すら蜩にはあった。
大したダメージにはならないと目測。左肩で受ける。
肉に響く。骨には届かない。
年齢を考えればいいパンチだ。日々の生活の中で鍛えてきたのだろう、全身が躍動している。
おおよそ攻めは見込みありといえる。
だったら受けの方はどうか。見えやすい軌道で右ストレートを放ってやる。
攻撃だけに集中していれば気づけない。が防御にも意識を割いていればたやすくわかるはずだ。
わかったところでどう対処する? 避けるか止めるか流すか?
野焼は両腕でとっさにガードを固めた――多分そいつは悪手だな。
蜩は拳を振り抜いてガードごと野焼の体を吹っ飛ばした。
群衆はどよめく。蜩は海鼠に視線を送った。問題ない。ちゃんと手加減ぐらいしてる。
「自分と相手との力量差を見極めろ。差が大きければ受け止められない攻撃もある」
倒れたままの野焼に声をかけた。
意識は残っているはずだ。すぐには起き上がれないかもしれないが。
「どうする? これで終わりか」
別段それで構わないと思う。
蜩自身は冒険者をつづけよう、つづけたいと思っているが、他の人間がそれをするのをすすめようとは思っていない。きついし痛いしたいへんな仕事だ。
他にもいろんな仕事はあるしそれぞれがそれぞれにあった仕事につけばいい。何も無理に冒険者になる必要なんてないのだから。
ざっと土が音を立てる。野焼の指先が動いて土をかいていた。
つづけて腕、肩へと力が入る。ゆっくりと上半身を起き上がらせた。
激しく肩を揺らして息をしている。まだダメージは抜け切れてない様子。
全身に走る痛みに顔をしかめている。それでも腕をあげると少年は戦う姿勢を見せた。
「まだだ、まだおれはやれる!」
タンカを切った。
心地いい気迫だ。こいつはいい冒険者になれるなと蜩はなんとなく思った。
諦めない根性を持っている、それもまた重要な資質だ。気に入った。
すたすた歩いて野焼に近づくと手を差し出した。いきなりのことにどういうことかわからなくて、いぶかし気な目でその出された手を野焼は眺めている。
蜩はその思っているところを正直に告げてやった。
「はっきり言って俺は人を教え導くなんてやったことがない。多分下手だ、うまくできない。それでもいいなら俺の知ってることは教えてやる」
野焼は驚き目を見開いて――それからにっと笑うと蜩の手を取った。
「おう、よろしく頼むぜ、おっさん!」
「こちらこそよろしく。長い付き合いになるといいな」
中年冒険者と辺境の村の少年、2人は固くがっしりと握手を交わした。
この土地に来るまでまるで考えてもなかったことだった。蜩は生まれて初めて弟子をとることになった。
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