[5] 面接
たいして待つことなしに海鼠は帰ってきて、野焼の保護者として連れてきたのは、昨日会った向日葵だった。よくよく思い出せば彼女は孤児院の院長だとかそんなことを言っていた。
変わらず動きやすい服装に黒髪を後ろでまとめる。ところどころ土がついているのは畑かで何か作業でもやってたのだろう。わざわざ呼び出して少し申し訳ないことをした。
こちらに気づくと彼女は笑いかけてきた。昨日のことを思い出す。切り替えの早い、賢い女性だ。話が通じないなんてことはないだろう。おおいに助かる。
「というわけで面接を行いたいと思う」
海鼠があえて大げさにそう宣言して面接が始まった。
めったに客の来ない時間帯らしく、食堂のテーブルを使わせてもらう。蜩の隣に海鼠、正面に野焼、野焼の隣に向日葵が座る。
緊張感は正直言ってない。蜩を除いた3人は顔なじみなのだ、そんなものだろう。
一応曲がりなりにもここの支部長なので海鼠が中心となって進行してくれる。
「えー、まずは野焼。志望動機を言ってくれ」
「おれは冒険者になりてーんだ。理由はかっこいいから」
単純明快な答えだ。迷ったり答えを保留したりするより余程いい。10歳をいくつかすぎたぐらいの子供にちゃんとした返答なんて期待しちゃいけない。
だいたい俺だってその質問に"ちゃんと"答えられるのか? 蜩はちょいと頭を巡らしてみたがどうにも立派な解答には行きつけなかった。動機を言語化するのは難しい。
「なるほど、よくわかりました。次は保護者の方に質問です」
つづけて海鼠は向日葵の方に視線をずらした。視線を向けられた向日葵はしばらく無言だったが、何かにあっと気づいて口を開いた。
「……私のことか。なんでしょう?」
「あなたの孤児院で面倒を見ている少年が冒険者を志望しているのですが、もし採用するとなった場合こちらで雇っても問題ないでしょうか」
肝心要の質問を海鼠は投げかける。いくら本人がやりたいと言ってもここで拒否されたらどうにもならない。
狭い村のことだ、極力不和を起こしたくない。地元の住民といい関係を築けてるかどうかで仕事のやりやすさがぐっと違ってくる。
半分ぐらい期待しながら蜩はその答えを待った。
「そうですね。昔っからこの子は冒険者になりたいって言っててそのまねごとで森に入ってあぶなっかしくてしょうがなかったんですけど、昨日もそれでご迷惑をおかけしたわけで本当にありがとございました、まあ蜩さんも来られたようですし本人がなりたいというのなら好きにさせようかなって」
「確かに昨日まではこちらでも面倒を見ることはできませんでした、新たに冒険者がやってきたことで新人が入ってきてもまかせられるよになりました。人手も足りていなかったことですしちょうどいい。本人が冒険者になりたいというのなら受け入れましょう」
何がどうしてその答えに行きついたんだ、この2人は?
保護者を呼んできてできればとめてもらうはずがトントン拍子に話が進んでいる。どころか完全に野焼の面倒を蜩がみることでまとまろうとしていた。
昨日会ったばかりの人間を信用しすぎじゃないか?
海鼠の言うようにここは人員が足りていない、猫の手でも欲しいところだ。だがふらりと現れたよそ者をそんなに頼りにしてはいけない。
まあひとまずうまく溶け込めそうで悪い気はしないが。
それはそれとして問題は何かといえば結局蜩に冒険者を育てることができるかどうかということだ。
0から冒険者を育てたことはない。3か4ぐらい学んだ冒険者に知ってることを伝えたことはある。そんな自分に果たして教師役がつとまるのか疑問だ。
「蜩くん、何か聞いておきたいことはあるかね」
海鼠がこちらに話を振ってきた。聞いておきたいことか、なんだろう。考えてなかった。
そもそも野焼について何も知らない。知ってることと知らないことを比べれば、知らないことの方が圧倒的に多い。
「あー、野焼といったか、冒険者にもっとも必要なものはなんだと思う?」
「強さだ。強けりゃどんなやつが出てきたって勝てる。それが一番大事だ」
まっすぐな少年だ。最初はみんなそんなもんだろう。悪くない
「確かに一定の強さは求められる。けれども俺の考えは少し違う」
あるいは彼は冒険者という職業を少々誤解しているのかもしれない。だとすればその誤解を解くことで彼は諦めてくれるだろう。
自分に都合のいい推測か。それでもやるだけやってみよう。
「冒険者にとってもっとも大切なのは自分の限界を知っておくだ、と俺は思う」
「限界?」
「この世界にはとてつもなく強い魔物がいる。人間がどんなに鍛えたところで到底太刀打ちできなようなやつだ。だから自分に何ができるのかその限界をはっきり知っておくことが大事だ。いくら強くてもバカだと生き残れない。生き残り反省することは冒険者にきわめて重要な資質だ」
これはごまかしでなく本当に思っていることである。
強い冒険者にはたくさん会ってきた。けれども彼らがあっけなく死ぬのも見てきた。
逆に生き残って名を挙げた冒険者はいずれも強いだけではなかった、自分の限界を知り、ときには退くことを選択していた。
野焼はと言えば、神妙に聞いている。
さっきは一方的にしゃべるばかりでこちらに口を挟ませてくれなかったが、案外話せば通じる相手なのかもしれない。生徒にするならそうでないと困るが。
話をつづける。
「俺は楽しいと思ってつづけているがそうじゃない人が大半だろう。仕事は冒険者だけじゃないんだ、いろいろある。綺麗な部分だけ見てあこがれだけで始めるようなら長くはつづかない。別段、これで冒険者になるのをやめたからといって誰もお前を責めたりはしない」
思っていることを全部言った。くたびれた。一息ついて水を飲む。
あらためて周りを眺める。向日葵が眉をひそめて妙な表情をしていた。どういうわけなのか。何か変なことでも言ったのだろうか。思い返すがそんなことはなかったはずだ。
やや間を空けてから、彼女はぽつりとつぶやいた。
「蜩さんってあんな長々語ることあるんだ……」
まったくその通り! 似合わないことをした自覚ぐらいある。
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