[2] 中年
地方には人手の足りてないところがあると聞いた。そこでならロートルの自分も役に立てるだろう。
自分は冒険者をつづけていたい。一線を退いたとしてもまだ。
知り合いのギルド職員に相談する。そういうことなら
古の英雄王が大戦を前にして菜飯を食ったことが名前の由来だという村。縁起がいいと思った。
身辺整理は簡単に済んだ。もとより冒険者の身、しがらみは少なくフットワークは軽い。
馬車を乗り継いで3日、そこからさらに歩いて2日。小さな村だった。
その村の外れ、教会の隣、重なる2枚の翼を彫った木の看板を掲げる、
昼は食堂、夜は酒場、そして冒険者ギルドの支部も兼ねている。田舎だとよくあることだ。
扉を開く。ベルが鳴る。カウンターの向こうで銀髪の老人がグラスを磨いている。
その立ち姿は年齢を感じさせない。油断なくしゃんとしている。
一瞬だけこちらに鋭い視線をよこした。よそ者に対する当然の警戒だ。
「いらっしゃい。お前さん、見ない顔だね」男は口の端だけで笑って見せる。
「こんにちは。冒険者ギルドの紹介でやってきました」
「ほう、珍しいこともあるもんだ」男は表情を崩して驚く。さっとナイフをとり出すと封を切った。
刃物の扱いに慣れている。この人も冒険者だったのだろうか。いや単純に料理人の可能性もあるな。
見たところ年は60を超えたぐらい。字を読むのにずいぶんとてこずっている。
じっくりと時間をかけて紹介状を読み終えると、男は蜩に向かって深く頭を下げた。
「ようこそ、菜飯村へ。支部長の
「蜩だ。これから世話になる。よろしくお願いする」
「ここは冒険者が足りてなくてね。何かあればすぐに中央に支援を求めてたぐらいだ。助かるよ」
「早速だが何か簡単に食べれるものを頼みたい」
「おまかせあれ」
朝から歩き詰めでここまでやってきた。腹はすいていたが夕飯には早すぎる時間だった。
こちらに背中を向けたまま海鼠が聞いてくる。「何ができる」
冒険者として何ができるか? 飾り気なくわかりやすい質問だ。
「本職はスカウトで森の歩き方なら一通り知っているな。単独での戦闘はこの地域の魔物相手なら余程の変異種でない限り対応できるだろう」
「なんと質のいい冒険者じゃないか。お前さんならまだまだ街でもやれたろう」
「だめだね。若いやつにはもうついていけない。足を引っ張るのはごめんだよ」
その言葉が口からあっさりと出てきたことに蜩は驚く。早くも自分は現実を認めつつあるらしい。
「そんなもんかね。近頃の冒険者はずいぶんとレベルが上がったもんだ。感心するよ」
海鼠は蜩の前にスパゲッティを置いた。にんにくが香り立つ。小腹を満たすのにちょうどいい。
蜩は思う、ここに来てよかった。うまい飯がある。
あとはうまい酒があれば申し分ない。それも向こうの棚に並ぶ酒瓶を見る限り期待していいだろう。
入口のベルが鳴った。どたどたと大きな足音をたててだれかが入ってくる。
「海鼠さん海鼠さん、
「今日は見てないね。何かあったのかい」
「朝から見つからないのよ。どこ行ったのかしら」
彼女は蜩を気にしていない。あるいは気づいていない? スパゲッティを食しながら横目で観察する。
長い黒髪を後ろで結んだこざっぱりとして健康的な女だ。同業者には見えない。
その視線に気づいたのだろう、女は振り返った。眉をひそめ怪訝な顔をする。
「こちら蜩さん。うちで働いてくれることになった冒険者の人だよ」海鼠が紹介する。
「うちの村に冒険者の人が! すごい、ありがとうございます」
「でこっちが
「どうも」蜩はちょうどスパゲッティを食べ終えるとそれに短く答えた。
「狭い村だ。いやでもすぐに顔なじみになるさ」海鼠は肩をすくめて短く笑う。
「ところで野焼ってやつの話はいいのかい」蜩は海鼠に皿を返しながら尋ねた。
「そうそう野焼のことで来たんだった。あの子、それこそ冒険者になりたがってたでしょ。何か危ないことしてるんじゃないかって心配なの」
海鼠は顔をしかめる。「森に入ったとしたら少々まずいかもしれない。比較的浅いところに
藍鉄熊は普段なら森の中層から深層で見られる魔物だ。ちょっと森に入ったぐらいならまず出くわすことはないと考えていい。
出会った場合の対処法は逃げること。正面きって戦うのは得策でない。
ただし逃走するにも注意が必要だ。背中を見せれば間違いなく追ってくる。
向き合ったままじりじりと後退していくこと。けれどもそれで相手が襲い掛かってこないという保証はない。
だから最善策はそもそも遭遇を避けるということになる。何もそんな奴にわざわざ出くわす必要はないのだから。
蜩は立ち上がる。来て早々厄介な仕事だ。杞憂で終わるならそれが一番いい。
「ちょうどこのあたりの土地勘をつけようと思ってたんだ。そのついでだ、行ってくる」
「ありがとう、頼んだよ。野焼は確か今年で10を超えたんだったかな、赤毛の目つきの悪い元気な少年だ」
「私もついてく、地元の人間がいた方がいいでしょ。危ないようならすぐ帰るから」
向日葵の申し出を受けるべく蜩は無言でうなずいた。
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