追放された中年冒険者は辺境へと旅立つ
緑窓六角祭
[1] 追放
その目を見た時に
より正確に言えば少し前から薄々感じていたそれが決定的に現実になるのだと察した。
前に座る
出会ったころのことを思い出す。その頃はまだあどけない少年らしさが幾分残っていた。
今は違う。いっぱしの冒険者としての厳しさが滲み出る。年を取った。もちろん自分も。
沈黙。居心地が悪い。用件が用件だけに。空気がよどむ。
どうやら彼は話の切り出し方に迷っているようだった。こちらから助け舟を出してもいいかもしれない。
いややはりやめておこう。これが自分に教えられる最後の仕事になるのだから。
受け止める覚悟はとうの昔にできている。これから交わされるやり取りはほとんど儀式みたいなものだ。
「蜩さん、あなたにはうちのパーティーを抜けてもらいます」
「理由を聞いてもいいか」
「年齢です。運動能力の低下が著しい。戦闘において今のあなたは足手まといだ」
実際に言葉として他人に向けられるときついものがある。例えそれが事実であったとしても。
冒険者は命がけの職業だ。甘えは許されない
無能は切り捨てられなければならない。パーティー全体のために。
そしてその決断を下すのはリーダーでなくてはいけない。それが率いるものの役割だから。
河骨は無言で布袋をわたしてくる。受け取る。受け止める。ずしりと重い。
餞別。中身を確認せずともわかる。少し入れすぎなんじゃないか。
まあ彼らならこのぐらいすぐに稼げるだろう。ありがたくもらっておく。
立ち上がると蜩は深く礼をする。「今まで世話になったな」
あくまで自然なふうに。ぎこちなくは見えなかったはずだ。
河骨は泣きそうな顔をしている。そんな顔をしてはだめだ。リーダーはリーダーらしく堂々としていろ。
部屋を出る。たてつけの悪い扉。滑る廊下。狭くて急な階段。ここを通ることも二度とないのだろう。
一階に降りる。食堂では他の仲間たちが待っていた。
すでに知っていたのだろう。蜩にかける言葉が見つからず黙っている。
そんな彼らに蜩はあえて笑って見せた。自分はだいじょうぶだとでも言うかのように。
結局彼らは何も言えずに頭を下げる。蜩は歩き出した。
宿屋から出ていく。夕陽がさしていた。目を細める。二三度、瞬きをする。
どいつもこいつも律儀な奴らだ。冒険者の別れなんてもっとドライでいいのに。
悪い連中では決してない。多少甘さは残るけれども。
背後で二階の窓が勢いよく開いた。「蜩さん、たくさんのこと教えてくれてありがとうございました」
河骨の声が赤く染まった街に響く。その声はよく聞けば震えている。
振り返ることはしないでおいた。ひらひらと手だけ振って蜩は立ち去った。
その足でなじみの酒場に向かう。強い酒を注文する。
自棄になったわけじゃない。なんとなく飲みたくなった、ただそれだけのことだ。
いつも通りの酒でいつも通りの飲み方をする。なのに今日はなぜだか美味い。
味が濃い。舌にからんでくる。飲むほどに思考がクリアに澄み渡っていくようだ。
一仕事終えた、区切りがついた、そんな気分がそうさせるのだろうか。
あいつらのことは心配していない。自分に教えられることは全部教えた。
きっとうまくやっていける。どころかもっともっと上だって目指せるだろう。
蜩が到底たどり着けなかった高みに。きっと。他人事なのに胸が高まる。
問題は自分の方だ。といっても当面の金はある。心配する必要はない。
――これからどう生きるのか?
40近く。冒険者としての盛りはとうに過ぎた。若者にはついていけない。
杯を重ねる。答えは見つからない。不安を伴わない淡い思考がぐるぐる巡る。
はじめて剣を握った日のこと。その重さに興奮した。強くなれた気がした。
扉を開く。重い扉。なんだってただの扉なのに。ひどく緊張した。同時にわくわくしていた。
てめえ一人で死ぬのはいい。俺らを巻き込むな。先輩に思いっきり顔面をぶん殴られた。
依頼人に騙されたこともあったな。あの時はずいぶんと面倒な羽目に陥った。
目の前で死んだ先輩もいた。胸の中心を刺し貫かれて。
あの人の教えがなければもっと前に自分だって死んでいた。感謝しかない。
グレーな案件。自分の信条との相談。今も迷う。どちらが正解だったのか。
けれどもあの時が一番自分の輝いていた時期だったように思える。なつかしい。
僕は冒険者になる。そう言ったのはいったい誰だっただろうか。
少年は一人で村を飛び出していく。後先なんて考えることなく。
いつものねぐらで蜩は目を覚ました。体に酒は残っていない。すっきりしている。
窓を開ける。まだ日が昇って間もない。朝の冷たい空気が部屋の中に流れ込んで来た。
そうだ、それがいい。あらゆる選択肢が消え去る。
ただ一つだけ残る。はじめからそれしかなかったみたいに。
蜩は辺境へと旅立つことに決めた。
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