第5話 強すぎる新人探索者

 鞘から剣を抜いたと同時に、ジーク・ベアは俺たち目掛けて突進してきた。


 ジーク・ベアが進むだけで地面は抉れて、強烈な風圧が襲ってくる。


「ちょっと投げるぞ。手助けはするなよ」


「え?わあっ!」


 俺はナギにそれだけ伝えて、安全な方角へと放り投げた。何やら文句らしきものが聞こえてくるが、ジーク・ベアに集中するために無視した。


 事前に調べていた情報によると、ジーク・ベアの体毛は非常に強固で、生半可な武器では太刀打ちできないとされている。


 武器のレアリティは最低でもエピックぐらいはほしいところだ。この剣がどれだけのものかはまだ未知数なので、ジーク・ベアで試し切りをしたいところである。


「さあ、この剣の錆になってもらおうか」


 俺は迫りくるジーク・ベアの挙動を予測し、次々に回避していった。


 本来なら一回避けて首を跳ねるだけで終わりなのだが、あまりに短い戦闘時間では視聴者の熱が上がり切らず、この配信から面白みを感じなくなるだろう。


『すけえ!突進全部避けてる!』


『まぐれもここまで行くとすごいなww』


 俺の実力を素直に褒めるもの、まだ生きていることが偶然の産物であると信じて疑わないものと、視聴者の中で俺への見方が別れてきていた。


 このまま釘付けにしつつ、好機を逃さずジーク・ベアを討伐する。今日の配信のハイライトは決まった。


 ナギの方にモンスターが来ていないか、周囲に宝箱が出現していないか、それらを確認しながらジーク・ベアの攻撃を避けていく。


 たまにギリギリの回避を見せて視聴者をヒヤヒヤさせたり、思わぬ避け方をして驚かせたり。


 だが、回避ばかりに時間をかけていてはそれこそ配信映えしない。


 潮時か。


 そう判断した俺は、ジーク・ベアからの突進を回避すると同時に、即座に姿勢を変えて首元に向かって剣を振るった。


 それはあまりにも一瞬にして唐突な出来事だった。新人探索者にジーク・ベアが仕留められたという事実を飲み込み切れずに、俺の頭に流れてきていた視聴者のコメントたちも一瞬止まった。


 狙い通りの展開に、思わず笑みが溢れそうになるが、なんとか抑える。


 それと同時に、止まっていた配信コメントたちが一気に頭の中に流れ込んできた。


『うおおおお!!!!すげええええ!!!!』


『マジで??偶然にしては出来すぎだろ??』


『期待の新人探索者きちゃああああああ!!』


『朝霧メアがこいつの動画拡散させてたのも納得の強さだな!』


 そうこうしている内に、ジーク・ベアの死体はダンジョンの特殊な力で消滅していった。少々手間をかければ素材も取れるが、それは次回にする。


 ジーク・ベアを討伐し、視聴者からの反応は上々だ。


 あとはもう1つくらい撮れ高が欲しいところだ。宝箱と巡りあって高いレアリティのアイテムを入手するのが理想だが、経験上、そこまで上手く事が進んだことはないので、あまり期待しないでおくことにする。


「よしナギ。宝箱探しに戻るぞ」


「なんで新人なのにモンスターに対してあんなに冷静でいられるんですか…?」


「さあな?」


 転生者であることは誰にも明かさないつもりだ。喋らない方が都合がいいし、単純に説明が面倒だ。


 さて移動するか。


 そう考えた瞬間、上空から強烈な殺意を感じた。


「っ!」


 すぐさまナギを抱き抱えて回避した。


 奇襲をかけてきた相手の姿を拝んでやろうと振り返ると、そこにいたのは巨大な赤黒い鷲だった。


 地獄の業火が揺らめいているかのようなその赤さから察するに、白を基調としたモンスターで溢れるジーク・フォレストの生態に組み込まれている存在ではないと認識させられた。


『カルマのモンスターがなんで一層にいんだよ!?』


『ギルドに報告するレベルの案件だぞこれ』


 カルマ。またの名をカルマ・ラース。


 それは最難関ダンジョン『ドグマ』の第2層の名称である。灼熱の火山地帯が大半を占めるカルマ・ラースは、そこに生息するほとんどのモンスターが炎属性を持っている。


「カルマ・イーグル…!」


 そして、第1層に現れるモンスターよりも圧倒的に強い。ナギの顔が一瞬にして恐怖の色に染まった。それだけで、カルマとジークではレベルが違うのだと認識させられる。


(やれるか…?)


 第1層のモンスターならお遊び程度に蹴散らせる。第2層のモンスターも俺1人でいれば敵ではないが、今回はナギが一緒にいる。


 それに装備の相性も悪い。こちらには飛び道具が無いので、相手は飛んで空から一方的に攻撃できる。


 想定外の出来事に備えて、魔法の杖でも買っておくべきだったなと少し後悔した。


 杖は高価な上に、人間の体に魔力を流すために契約をしなければならないのが面倒なので買わずにいたのだが、それがまずかったらしい。


 ナギは杖を持っているが、モンスターのヘイトを彼女に向けたくはない。


 契約という枷がある以上、俺がナギの杖を使うことはできないので、遠距離攻撃はできないものとして考えよう。


「とりあえず、視聴者のみんなはギルドに救援要請を出してくれないか?後片付けを頼みたい」


 カルマのモンスターは炎を使ってくる。ここはジーク・フォレストだ。ひとたび炎が木々に燃え移ってしまえば大きな火事へと発展する。


 ダンジョンには地形を修復する能力があるが、とんでもなく時間もかかるものだ。


 ドグマの第1層が火事で封鎖になれば、ここを狩り場にしている探索者たちが困ることになるし、それはギルドの望みではないはずだ。


「どう戦うかな…」


 討伐か時間稼ぎか。どちらにせよ、森への被害は最小限にしたい。


 ナギの安全は最優先として、など色々思考を巡らせている最中にも、カルマ産の赤黒い鷲、カルマ・イーグルはこちらを見据えながら空中を優雅に飛んでいる。


「ナギ、俺に命を預けてくれよな」


「えっ?」


 俺は有無を言わさずナギを抱き抱えた。ナギの安全を確保するには、これが確実である。


「な、なんでこんなことを…!?」


「いいからいいから。さて視聴者のみんな。俺がカルマ・イーグルにどう立ち向かうのか、見逃すなよ?」


 ナギは守り切る。視聴者を飽きさせないためハイライトも用意する。森への被害も出させない。


 こんな想定外、前世では何度もあったことである。仲間が死んでいない以上ピンチでもないので、今回も軽く乗り越えていくことにしよう。

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