997話 探索者協会、深夜のサイレン


 SIDE:協会本部 午前1時21分


 当直の人間の他に2名、管轄から外れたことを良い事に労基真っ青の、廣瀬氏ニッコリの過重労働をしていた。

「巽、そろそろ帰ったらどうだ?」

 藤岡の声掛けに僅かに反応し、チラリと藤岡を見るも視線を下げる。

「いえ、まだ書類が残っていますので」

「そりゃあ我々の仕事は先が見えないほど仕事はある。だからこそきりの良いところで終わらせる…分かっているだろうが。それと、まだ引き摺っているのか?」

「…引き摺らないわけないですよ」

 小声だったものの、深夜の静けさもあってしっかりと藤岡に聞こえた。

「面倒くさい奴だな…フィットネスには行ったか?そこで戦って発散させてこい」

「……全然勝てません」

 暫くの間を置いて巽がボソリと呟く。

「は?お前…どのモードを使っているから勝てないと?」

 その台詞が意外だったのか藤岡は作業の手を止め巽の方を見る。

「…岩崎家対象入門編を」

「まあ、磯部大臣の岩崎班と同じく毎年1度のあの兄のしごきを受けた連中ですら吐くらしいからなぁ」

「…課長は、何処まで?」

「私はまだ岩崎家対象のEasyをクリアできない。あと一歩なんだが」

「入門編クリアしているじゃないですか…」

 顔をしかめチロリと藤岡を睨むがすぐに作業に目を戻す。

「そりゃあ最低でも入門編までクリアしないとあの場所に入れんからな」

「えっ?」

 驚いたように顔を上げた巽に藤岡が不思議そうに首をかしげる。

「神圧が前のあの場所に近いレベル設定なのは入門編だぞ?聞いたら現在のあの場所に近いのはEasyランクらしいからな。岩崎と一緒にいたいのなら意地でも食らいついていくしかないだろう?

 それにお前さんの実力なら入門編はギリギリだがクリアできるだろ」

「……」

 藤岡の台詞に巽は何も言わず、カタカタとキーボードを打鍵する音だけが微かに響いた。



 午前2時2分


 サイレンが鳴りダンジョン入口にある警備室よりダンジョン内で事故があったとの一報が入った。

「出動できるか?」

 藤岡は待機していた4人に声を掛ける。

「「「「はい!」」」」

 4人全員が立ち上がる。

 巽も立ち上がったが、藤岡がそれを手で制した。

「一応罠の可能性もある。重装救命官の方も1人帯同頼むそれと…巽は残れ」

「何故ですか?」

「お前さんが本調子ではないからだ。馬鹿者」

「……」

 巽の表情が変わる。

「巽、お前さんがすべき事は休息と治療もしくは再鍛錬だろうが」

「!?」

「神霊のブーストは使えんだろうが。その事も踏まえて相談して…どうした?」

「何故、それを…」

 声を震わせ、問うその顔は真っ青だった。

「あの時と今とでは雲泥の差だ。どうしたらそんなに体内がボロボロになる?」

「それ、は…」

「岩崎はずっとお前から話してくれるのを待っていたんだぞ?」

「…ッ!」

 待っていた。

 その過去形に巽はビクリと体を震わせた。

「はぁ…4人はさっさと行け。私は此奴とちょっと話を付ける」

 藤岡は席を立ち巽の側に向かうと肩を掴み、有無を言わさず部長室へと連行した。


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