596話 平穏と、均衡
IDカードを通しバリケードを眺める。
───うん。剛力系のモンスターは普通にぶち破ると思います。
そもそも扉ではなくても面倒くさくなったら建物ぶち壊すと思うんだ。
今はうちの部隊の人達がいるから問題ないと思うけど。
…まあ皆さんの頑張りという事で、知らなくて良い事は…ね?
自ブースに入ると当然誰も居なかった。
席に着き、仕事を始める。
あ、一応『慈母の癒し・改』を使う。
周辺って、どれくらいの範囲か分からないけど!
なんかバタバタと動き始めた人達がいるから多分その範囲辺りまでかな?と適当に思っておく。
えっと、今回は…メール来てる。聖者職に関する【祈り】に関する考察をレポートとして提出して欲しい…って、えー?
毎度毎度思うけど、偶に来るこの考察系のお仕事ってどうして僕だけなんだろう…まあ、やりますけど。
カタカタと誰も居ないブースに僕の打鍵の音が響く。
うーん…スキル祈りは単体だけど、これには他スキルとの親和性が高いため───
ドオオオォォンッ
もの凄い音がした。
ただし音だけで振動も何も伝わっては来ていない。
ま、いいや。
同じ聖職系スキル【癒しの波動】の熟練次第では複合的な───
ドオオオォォンッ
「…………」
席を立つ。
カウンターへと向かうと、探索者を含め多くの人がそこで身を震わせていた。
「はい、ちょっと失礼しますよ」
「えっ!?巫女様!?」
「危険ですよ!?」
「巫女様!安全な所へ…」
入口へ着くと、大きな虎のような妖怪?が入口で一生懸命体当たりをしていた。
「あー…防御抜けないのならそこまで脅威でもないかぁ…でも、お仕事の邪魔」
建物、敷地に『此処ヲ遊戯場トス』を展開。
かすかに虎の妖怪?が悲鳴を上げ消滅。他の戦闘音も聞こえなくなった。
「…うん。静かになった」
さて、業務に戻ろうか。
僕は避難してきたのであろうお婆ちゃんに軽く会釈をして自ブースへと戻った。
SIDE:協会本部
「…うん。静かになった」
巫女がそう言って満足げに頷くと探索者達の間をスルスルとすり抜けるように移動し、奥へと消えていった。
そこに居た探索者達はその去っていった巫女を目で追い続ける。
「マジでバケモンじゃねーか…」
誰かがそう呟いた。
それは思わずでた言葉だったのかも知れないが、本心であり…その場にいたほとんどの人の心を多少の誤差があれど代弁するような台詞だった。
ただ、それに対し異議を唱える人間もいた。
「それを言ったら、私達のようなその他一般職から見た貴方達も変わりませんよ?」
そう言われ、探索者達が一斉に声のした方を向く。
そこに居たのは1人の老婆だった。
「人ならざる力、人以上の力を持つ。それを攻撃に使うのか、守りに使うのかという話ではなく、私達一般市民がどうしようも出来ない暴力手段を持っている。その時点で皆さん等しく化け物という扱いになってしまいますよ」
「っ!」
食ってかかろうとした探索者が数名居たものの、周りの人間に動きを封じられる。
今は守られているが、その力が何時降りかかるか分からない。
そう言う意味では確かに同じではある。
ただ、老婆としてはその心の在り方の違いが大きいと思っていた。
巫女が「静かになった」と言ったあと、少し外を気にした素振りを見せたがすぐに
そのありようが「巫女/神子」と呼ばれる由縁なのだと老婆は感じ取っていた。
「あの人は力を持っていますが、他者を心配し、弱者を気に掛ける。同じ事が出来ているのか考えてください…でなければ、力あるあなた方を恐れた弱者との間に分断が起きてしまいます」
それは昔から言われていたことであり、陰で言われていた事だった。しかし、面と向かって言われたことのなかった探索者達は動揺を覚えた。
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