548話 羨望と、切望

 よく冷えた金桃を切り分けて食べる。

「おいひぃ…ん~~~っ」

 蕩けるような甘さと瑞々しさ。

 そして何より一口ごとに心の底から歓喜の感情がわき上がる。

 ああ、これは麻薬のようなモノだ。一度食べたら止められなくなり、依存する。

 普通の人が食べたら確実に虜になるだろうな…まあ、味と感情を切り離せばとびきり美味しい桃…というレベルだけど。

 うちにもあるし、このクラスの桃なら。

「いや、急に真顔になってどうした?」

「味はここの桃とそこまで変わらないんだなぁ…と」

「ああ、そういうことか。コイツの本質は別にあるからなぁ…」

 兄さんはため息を吐く。

 まあ、みゃーこの戦略の一環なんだろうなぁ…と、僕も思いますよ?


 ちょっと早いけど神様方に夕食を配膳し、戻って来た。

「さあ、始めるぞ!」

 ───本気なのね?

「はい。お姉さんにこの箱庭世界を、僕の住む世界を見て欲しいんです」

 ───貴方を通して見ているけど?

「でも、僕というフィルターを通してですよね?」

 ───それは当然よ。でも、私はそれで十分なの。

「お姉さん…」

 この人は何か理由があって、表に出たくないのだろう。

「モンブラン、アップルタルト、バウムクーヘン」

 ───う゛っ!?

「エスプレッソコーヒーかなぁ…ああ、でもダージリンでも良いかなぁ」

 ───貴方一口も食べないじゃないっ!

「お姉さんに食べて欲しいなぁ…」

 ───これがっ、兵糧攻め!?

「いや、それは違うと思いますが…でも、僕はお姉さんに出てきて欲しいんです」

 ───貴方は力を失うかも知れないのに?

「それはそれで問題無いと思いますよ?僕は日常を過ごすだけですし」

 ───もしかするとこの箱庭を追われるかも知れないのに?」

「ああ、魂に紐付けられているから可能性があるんですね…でもお姉さんなら管理できると思いますし」

 ───あの子達やスキルの部隊、神兵達を失っても?

「失いませんよ?みんなそのまま存在し続けます。神兵達は佑那の兵ですし、全員が独立して個を獲得していますから」

 そう。この箱庭に長らく居たためか、完全な個を獲得している。

 マイヤ達は使い魔的な立ち位置でもないため、独立精霊となるだろうし。

 ───はぁ、強情ね。

「準備は出来ているぞ」

 兄さんが白城さん達を連れてやってきた。

「では、始めます」

 僕はそう宣言をして横になり、奉納貨の”Hr”と”Wn”と鑑定で出ていた2枚を胸の上に載せる。あの時のように。

 ───ちょっ!?2枚は

 焦った声のお姉さん。

 でも、多分これが正解。

 あの時お姉さんは『狩人、賢者。メダルを使うことで捧げた者は復活する』と言っていた。

 それに1枚で復活できるとしても、それは2枚対であって僕の回復に力を使ったお姉さんには力が足りない可能性が高い。

 であれば───こうする。

「っぐぅっ…」

 あの時と違う、奉納貨がズブズブと中に入っていく感覚。

 そして次にきたのは…

「      」

 あの時より早い、魂がバラバラに刻まれて落ちていく感覚。

 頭が沸騰しそうで、目がチカチカして、体が寒くて…

 ああ、自分が、消える───

 しを、しょうめつを、むを、のぞ………ま、ない。

 自傷、事象、自照、慈照。

 己を傷付け砕き分解し、理をあるがまま受け入れ、己を照らし自我を再修復し、恙なく慈愛を持って天照らす。

『御霊を別け神子は巫女と分かれ、ここに再び顕現せん』

「嘗て神に挑んだ12の1、巫女たる  、ここに再び…」

 声が、聞こえた。

 ああ、おんがえしが、できた。


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