第37話  さよなら、ブリジット

「さて、火竜の姫。その姿もとても可愛いが元の姿に戻る時が来た」


 キョトンとしているブリジット。


「ねぇ、イーリャ、ブリジットはデュール谷へ連れて行くのよ?」


「エリサ、分からぬのか?赤児には、本当の肉親の方が心強いだろう」


「だって!!」


「火竜の姫の為ぞ。竜は、卵の内から親からつけられた名前や、ある程度の出来事を覚えている優秀な種族だ。ここで、兄弟のもとへ帰したほうが良いのは当たり前だ」


「じゃあ、ディユール谷のリューデュールはどうなるの? 一匹でもう千年は谷にいるわ」


「あれは、神代の竜ゆえに、ここの竜たちと少し種族が違う」


 そう言われてエリサは、引っ込んだ。これ以上詰め寄っても勝ち目はないと判断したからだ。


(神代の竜!? 確か、350年くらい前の戦いで召喚されたとは聞いていた。ブリジットは500年くらい眠っていたのよね……とすると……リューデュールは、大昔に絶滅したって言う……)


 エリサが一人でブツブツ納得しているのを横目で見て、イリアスは、ジェイデッドからブリジットを受け取り放り上げた。

 その瞬間を見たエリサは声を上げた。


「「イーリャ!! 何するの!!」」


『火竜の姫、ブリジット。本来の姿を思い出せ!!』


 イリアスが古代レトア語で声をかけると宙に放り出されたブリジットは、銀色の光を放ち、一瞬固形化した。

 次の瞬間にパリンと何かが割れる音がして、エリサの前に小さな羽根で飛んでいる赤い鱗の竜がいた。


「ブリジット……なの?」


『勇者サマ、ヤット、オモイダシタノ、ブリノ、ホントウノ、スガタ』


 小さな竜は言う。


『コノママ、イッショニ、ツレテイッテ』


「それは出来ぬな、火竜の姫よ。われが、人間界に長くいられぬように、竜族のそなたは、人間界に長く留まれぬのだ。

 今は、冒険者ギルドのような荒くれ集団も無くなったが、500年の昔、そなたが隠された原因は、人間に竜の存在がバレたからであろう……」


 うな垂れる小さな竜。


『本来なら、お兄さんと同じ時に生まれてたはずだぞ。人生をやり直すつもりで、ここでジェイテッドや、仲間の竜たちと暮らすが方が良い』


「イーリャ、あいつ見てるわよ。ここに連れてきて良かったの?」


 エリサとイリアスの視線の先にはアヴィンのいやらしい目つきがあった。


「デュール谷の姫には、あの男がどう見えてるのだ?」


「どうって!?えっと……」


 イリアスはエリサの口を押えた。


「この竜の里のことは、極秘だ。神殿にも知らせる必要はない」


 エリサは頷いた。


「さあ、そろそろ我らは、行くとしよう火竜の姫。達者でな」


「うん、ブリジット。元気でね」


『勇者サマ~~!!』


 思い切りすごい炎が飛んで来た。

 エリサは笑顔で受け止める。

 彼女は、知っているから微笑んでいられるのだ。

 風の騎士が全力で自分を守ることを。


 少しずつ、身体が浮いて行った。

 イリアスの風の奥方が力を貸してくれているようだった。


 そうして、北の大地をあちらこちら縦横無尽に飛んで、目が回るくらいに飛んだ後に、アヴィンの故郷であるというテルヌ地方に着いたのだった。

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