第三章 運命

逃亡(出版商会、逃亡)

 昨夜は、提出した原稿で思いついた範囲での修正をまとめていた。

 その資料をまとめカバンに詰めて、出版商会の開く時間に出向いた。


 しかし、出版商会についてみると中の様子が変だ。

「あれ? 今日は、休みだったっけ? 休みって聞いてないぞ」

 僕は、スケジュールを共有してもらっていない事に少し不満を感じながら、出版商会に近づいて行った。


「ん? 人の様子無いどころか、何か資料が散乱している。何か有ったのか?」

 どうも、良くない事態が発生しているようだ。

「ドア、開かないかな? 部屋の中も暗い?」

 ドアの隙間からは灯りが漏れて来ていない。

 人の気配も。


「え? マジで? 消えた? 出版商会ごと? ええ? ここ、帝国御用達の出版商会だよね? ええ?」

 心臓がドキドキと鼓動を伝えてくる。

 軽く血の気が引くのを感じた。


「な、なんで? 何があったんだ?」

 僕はドアを開けてみた。

(ドアが開いた? 中は、どうなっている?)


 僕は、恐る恐る中を見た。


 そこは書類が散乱していた。

 引き出しも開けっ放し、何かを持ち出したんだろうか?


 そして、人っ子一人いない。


 もう、誰もいないので勝手に中に入って行く。

 見ていて何を持ち出したかが大体察しがついた。


「あ、原稿用紙。無い。全部? それに、印刷機械も無い。ええ? あんなに重そうなのに」

 昨日は、そんな素振りは無かった。

 ただ、出版商会の編集長の受け答えが何だか変だと感じていた。


(やたらと、「ん――ん。」を繰り返して答えていたな。あれは編集長が後ろめたい時に出る口癖なんじゃ?)

(それに、とにかく「明日」と何度も言っていた。こういう事か?)


 僕は、異世界でも無職になってしまった。

 

「終わった!」

 僕は、思わず呟いていた。

(そんな、どうして? ここは帝国御用達なんじゃないのか? そんな出版商会が、何で?)

 

 がらんとした室内にある椅子に座りこんで、これからどうしようかを考えていた。

「しょうがない。探してみよう。見つかるか分からないけど」

 僕は諦めきれなかった。

 初めて、この異世界で苦労して書いた原稿だ。

 加筆修正する所は沢山ある。

 ここが出してくれないとなら他に持って行くしかない。

(原稿を取り戻したら帝国政府を尋ねて、他の出版商会を紹介して……)

 

 そう考えていて、あの原稿のテーマは、帝国政府から他に話すなと言った内容であったことを思い出した。

(駄目だ聞けない。原稿は見せないで尋ねてみよう。でないと捉えられてしまうかもしれないしな)


 そう決心すると空になった部屋を飛び出した。

 だが、探す当てなどない。

 街行く人々に恐る恐る聞いてみた。


「え? ここの出版商会の事ですか?」

「はい。昨日まで皆さんいらっしゃったんですが、今日伺ったらもぬけの殻で」

「いや、あまり用がないのでわかりません」

 そっけない返事。

「そうですか。ありがとうございます。ところで『本』は読んだことありますか?」

「へぇ?」

 その通りすがりの人は、変な声で返事をして来た。

「いやー、見たことないので良くわからんね。貴族様なら手にすることもあるだろうけど」

「やっぱり高いのですか?」

「そらーね。王族の方々貴族の方々が、自伝を子孫へ代々残すために作られるらしいけど。私らには、詳しい事はわからんよ」

「そうですか? 安かったら買う機会とかあります?」

「ええ? 何で?」

「いや、何か面白い物語が書いてあったとしたら読みたいかと思うのかなと」

「いやー、路上の芝居とかで十分かな。忙しいし。それに売っていても、きっと高いだろ? そんな余分な金は無いね」

 そうか、この世界の人達にとっては「本」なんて高級品なんだから余計に関心ないのか?


 手詰まり感を感じたが、この世界での「本」の相場みたいなのを感じられたのは少しは成果があった。

 小説の形で出すなら安くないと駄目だ。

 いや、安くても買ってもらえない。

 だって、この世界の人達にとっての娯楽には小説は入っていないのだから。

 受け取ってもらうには何か工夫しないと。

(でも、タダで配るわけにもいかないし。ニーズ、分かんないし。困ったなぁ)


 僕は、その後も夜逃げした出版商会を当てもなく探し回っていた。


 夕方になったので仕方なく宿へ戻ることにした。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る