先生(異世界小説家先生)

 さて、構想もまとまったので執筆を続けていった。

 書き始めて見て、物語風にしなくても良いと感じた。


「物語風に書いてたら時間かかり過ぎてたな」

 出版商会の編集長の方向性に感心した。


 ペンは羽ペンをとりあえず複数用意し手貰ったが、直ぐに書きづらくなるのでペン先を金属製に出来ないか見当もしてもらった。

 偶然持ってきたガラスペンは、貴重過ぎるので、これで書く気など起きなかった。

 それに、大事なペンになったので人にも見せたくない。

 ただ、自分を励ます意味で、机のペン立てには飾っておいた。


(記憶が頼りなので沢山は書けないだろうな)

 小説なら短編物ぐらいにしか、ならないかも知れない。

 いや、本当に、歴史年表みたいな感じになってしまいそうだった。


「この形で書いてみて意見を貰おう」

 元居た世界ならメールなどでやり取りして、書き始める前の無駄な作業を省くようにするため、逐一感想を確認しているところだ。

 しかし、ここは異世界だ。

 インターネットなど存在しない。

 なので、ざっくりと原稿用紙に時系列順で書いて、それぞれのエピソードを短編風にまとめてみた。


「年号とかわからないな。もう思い出せない」

 その辺は、しょうがないだろう。

 覚えていないものを書かないと許さないなどとはいわれないだろう。


 頭に描いた文章を、いざ文字にするとスッと出てこない時があった。

 元の世界なら、ネットで調べたり辞書で調べたり出来ただろうけど。


「困ったな。辞書らしい物は借りたが、この表現で合っているのか?」

 これも、書き上げた時に見てもらうしか無いだろう。


 こんな調子で書き上げていって、何とか短編集分ぐらいは書けた。

 もちろん、こちらの世界の文字でだ。


「誤字脱字はどうするんだ? アシスタントの人を頼めば良かった」

 今さら後悔しても遅い。

 それも、これを叩き台にして、あまりに酷ければ付けてもらう事にしよう。

 いや、付けてもらおう。

 辛すぎる。


 大雑把に、戦国時代、江戸時代、戦前、戦後と分けて、それぞれを章として適当なタイトルを付けた。

 こちらの人に分かるように。

 正確な定義は、文章の冒頭辺りに。


「よし、こんなものでしょっぱなは良いだろう。明日、商会に持って行こう」


 書き上げた歴史小説とも歴史資料とも言えない原稿を紐で束ね、布の袋に入れて明日に備えて寝ることにした。

 

 翌朝直ぐに、商会に出向いた。

 受付で編集長に連絡を取り、待合室でしばらく待った。

 しばらくすると、編集長が汗をかきながら待合室に入って来た。


「やぁやぁ、すいません。少しお待たせしました」

「いえ、昨日遅くまで書いていて眠かったので、ゆっくりしていました」

「そうですか? では、早速見せてもらえますか?」

 僕は、目を輝かせている編集長を見て少し嬉しくなった。

「はい。これです」

 布袋の中から、書き上げた歴史小説風・歴史資料風小説を編集長に手渡した。


「おお、ずいぶんと書いて頂けましたね」

「いや、これでも、思い出せた分だけですので」

「いやいや、私だって自国の歴史を本にしろって言われても、これだけ書けませんな。しかも、異国の文字でしょう?」

「いや、それには秘訣があって……」

 流石に、それは転生による特典みたいなものだとは言えなかった。

 

「ん――ん。ですが、流石に、文字が少しおかしい所等ありますな」

「そうですか? やっぱり」

「はい。残念ながら。ですが、最初なのでやむを得ないでしょう。むしろ、良くここまで書けました」

「はい。ありがとうございます。大変だったのは事実です」

(褒められて、とても嬉しい)

 僕は、そのままでは誤字脱字や文章のおかしい所などがあり、持ち帰って書き直したい事を伝えた。

 また、アシスタントを付けてもらえないかとお願いしてみた。

 すると……。


「ん――ん。いや、これで十分な気がしますよ。どうしても気になるところは、こちらで直しておきます。直した部分は後でお伝えしますよ」

「あ、そうですか? 出来れば自分で手直ししたいのです。勉強のために」

「いやいや、全然大丈夫です。このレベルでも。次をドンドン書いていきましょうよ」

「え? そうですか? 本当に?」

「ええ。それで、よろしくお願いします」

「で、次の構想は、ありますか? この続きとか他の国とか。もちろん、自分が思い出せる範囲でとなるので、沢山書けるかわかりませんが」

「ん――ん。いや、それも、これを校正し終わったら、またお知らせしますよ」


 僕は、これで生計を立てていくつもりだったので手が空くことを少し恐れた。

「あ、でも……」

「ん――ん。じゃ、この辺で。明日、また来てくださいね」


 編集長は、さっさと原稿を袋に仕舞い直し、「じゃ!」と手を振って待合室を出ていってしまった。

(あ、原稿料について何も話していない。まさか、持ち逃げはしないよな。まあ、出版商会ごと消えることは無いだろうから大丈夫だろうけど)


 編集長の態度には少しムッとしたものの、これからの事もあるので今日は黙って引き上げることにした。

 帰りがけに出版商会の部屋の様子を見たが、みんな忙しそうにしている。


(へぇ、王侯貴族の武勇伝や帝国の議会資料をまとめるだけでも、こんなに忙しいのか?)

 僕には、まだまだ非効率に思えたが、原稿を依頼している相手が相手だけに手間暇かけて作成しているのだろう。


(僕の原稿も、お偉い様方み見せるらしいから、こんな風にしてもらえるんかな?)

 その光景を見て少し嬉しくなった。

(それが成功したら是非小説を書いてみたい。何かこうかなぁ~)


 心は、ウキウキしていた。


 翌日。この『帝国御用達出版商会』に、僕が再び訪れるまでは……。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る