再開(リリィとの再開)
持ち歩き用のランプを持っていないので、日が暮れる前には宿に向かった。
途中で、部屋のランプ用の油を購入した。
「うーん。本で飯を食っていく当てが外れたので、節約したいところだが。しかし、原稿を取り返せないとなると、また書き上げなければならないしな。覚えているうちにザっと書き出しておくか」
夜も執筆を止めないようランプに油を補充し、それに備えた。
(それにしても、あの編集長。最初から、バックレるつもりだったのか?)
禁忌に当たることを「大丈夫、大丈夫」と言って書かせるから、少しおかしいとは思った。
だが、物語形式の小説を買ってくれる層が無いのでは、言いなりになるしかない。
追い出される時に貰った資金で、1・2年は暮らせるようだが、異世界人の僕に出来る仕事が、それまでに見つかるだろうか?
見つかるにしても、続けられるのか?
不安は尽きない。
少しでも油を節約する為に、ベランダ側に机を向け、日が暮れるギリギリまで書くことにした。
ベランダからは離れているが、近くまで持って行くのも面倒なので、向きだけ変えた。
ランプは、日差しが入って来なくなったら付らるよう準備しておいた。
日も暮れ、ランプに火を付けて、続きを書いた。
「同じ内容を2回も書く破目になるとは。文章自信ないしなあ」
その点には、頭を抱えてしまう。
自然と顔が厳しい表情になってしまう。
そして、苛立ち始めた。
夢中になると、少し回りの音など気にしなくなってしまう。
1つのランプの光では、少し暗いのが辛かった。
そうして書いていると、キィーと扉の開く音がした。
(ん? ベランダ締め忘れてたかな?)
気になって顔を上げると、そこには仮面を被り、ボディースーツのような体の線にピッタリとした衣装を身にまとった1人の小柄な女が僕を見据えていた。
「ん? 誰だ?」
思わず尋ねる。
こんな時間に、しかも部屋のドアじゃない方向から来たのだから、普通の奴じゃない。
しかも、両手に剣を構えて、こちらに近づいてくる。
思いっきり警戒しながら、そいつに尋ねた。
万が一の時、部屋から逃げられるように立ち上がりながら尋ねた。
「誰だよ? 何しに来た?」
かなり近づいて来たので、相手の目が仮面越しに見えた。
(あれ? あの目? それに、この光景。 どこかで見た記憶が……)
時間があれば思い出すことも出来ただろう。
だが、小柄な女性だが両手に刃物を持ち、仮面を被った人間が、じわじわとこっちに来るのだ。
そんな余裕はない。
しかも、目が合ったとたん、構え始めやがった。
(まずいな。何か言って、時間と距離を稼がなきゃ。相手は手練れの気がする。近づかれたら終わりだ。後ろに下がってかわせるだろうか?)
「まさか、僕を殺しに? 何でだ? 誰がそんなことを? この国の上の奴らか?」
と、言い切った瞬間、その女は、僕の
「う、うぁっ!」
最初の構えからして、突いて来るとは思ったが、その通りに来た。
最初の突きの構えは形だけで、もう1つの剣で腹を切り裂かれにきていたら危なかった。
だが、何故か突いてくるだけで、両手同時にこないことはわかっていた。
その小柄な女は、目を丸くしていた。
仮面越しにもわかる。
きっとプロなんだろうから、素人のひょろいお兄さんなんて、サクッとやれると思っていたんだろう。
(直ぐ、次に切りにくるな。次は、右手の剣だろう)
そのイメージ通りに、右脇腹から斬り上げてこようとしてきた。
しかし、流石に踏み込んで切りにくるので、かなり焦った。
「うわぁっ!」
思わず声がでた。
まあ、当たり前だ。
プロだから、直ぐに失敗を取り返しに来ただけだ。
だけど、僕には、この女の動きのイメージが事前にわかっていた。
また、その女は、目を丸くしている。
(あれ? いちいち驚いている。ちょっと、可愛いな。この子)
何を馬鹿な事を思っているんだ、僕は……。
今は、殺されるかどうかの瀬戸際なのに。
彼女は剣をクロスにし、間髪を入れずに僕の首元を捉えに来た。
これも、事前にわかってしまったのだが、それを
「くっ!」
後ろに逃げる余裕がなく、倒れるようにして、クロスされた剣の間をすり抜けた。
女は、仮面越しに僕を見据えている。
(仮面越しだけど、ちょっと怖い顔しているな。怒らせたか?)
そのままの体制では、いくら事前にイメージがわかるとしても、避け切れないので立ち上がった。
女は両手の剣を下に構え直した。
(流石に、次は、避け切れないか?)
次は避けられそうにないので、女の目をジッと見て、動きを察知しようとした。
そして、僕は、声を掛けて相手をけん制しようとした。
「いきなり何をする! 口封じか? 何を封じるつもりなんだ!」
「……」
「剣なんかで、僕を黙らせると思っているのか? そんなことをしても、もう無駄だ!」
剣の達人相手に、そんな事しても勝ち目はないのがわかってはいる。
だが、彼女に対しては、効果があったようだ。
女の両手が、プルプルと震えているのが見えた。
(良し、冷静さを失っているな)
僕は、さらに言い放った。
「ペンは、剣よりも強いんだ! 刃物を向けられたぐらいで、僕は屈しない!」
言った瞬間、(あ、しまった)と思った。
これ、冷静になった時、絶対頭を抱える奴だ。
いや、今、この瞬間、剣で切られそうになっているのに、何を考えてるんだ僕は……。
僕は、人生に、1つの黒歴史が追加されたのを自覚した。
相手は固まっていて動かない。
(いや、彼女には、かなり効いているのか? やっぱり「精神攻撃は基本」は、真理だな)
その女は、あたりを見回し、僕の机の上に視線を向けた。
そして、ペン立てに有ったガラスのペンを手に取った。
(あ、それは困る! それには触るな!)
「なら、そのお前の言う『ペン』で殺してやろう。心配するな。こんな物でも、私はお前を楽に殺してやれるぞ」
その女が言い放った言葉を聞いた瞬間、頭がカッとなった。
(ふざけるな。僕の大事なペンを、そんな使い方するな!)
気が付いた時には、女に飛びかかっていた。
ペンを取り返そうと、両手はしっかりと捕まえていた。
「こんな物だと? それを! そのペンを、返せっ!」
彼女に聞こえるように、顔を近づけて言い放った。
彼女は、僕を振り払おうと、後ろに向かって足を跳ねた。
だが、僕がシッカリ捕まえていたので、飛び上がれず、ベランダに向かってすっ飛んでいった。
彼女の背中がベランダに思いきりぶつかる。
鈍い音がした。
彼女の苦しそうな声が聞こえる。
(まずい、このまま落ちたら、受け身がとれない彼女は死んでしまう)
そう思ったと同時に、ベランダが崩れ、一緒に下へ落ちていく。
彼女は、背中の痛みで動きが鈍くなっている。
僕は、彼女を庇うように抱きかかえ、体を丸くしようとした。
それが幸いしたのか、彼女と体の位置が入れ替わり、僕が下側に向き変ることが出来た。
「ぐううう……」
地面に落ちたベランダと、彼女の体の板挟みになった僕は悶絶した。
そして、意識が段々薄れていく。
(このままだと、この女に殺されちゃうか?)
だが、あまりの痛みで何もできない。
息もし
抱きかかえてわかった。
大人の女性という感じの子ではない。
どちらかというと、高校生の女の子ぐらいの感じだ。
対峙した時は、とてもそんな気配は感じなかった。
流石プロだな。
(無事に女の子を守れたのなら、男としては本望だ)
(この後この子に、無茶苦茶されるかもしれないけど、しょうがないか?)
(短い人生だったな)
うめき声を上げながら、そんな事を考え、僕は意識が薄れていった。
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さい‐かい【再開】
[名](スル)いったん閉じていたもの、中断していたものを、再び開いたり、始めたりすること。また、再び始まること。「試合を―する」
出典:デジタル大辞泉(小学館)
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