第二章 追放

召喚

 魔法陣に引き込まれる時、暗い闇の中の円の中に見えている外の世界が見えていたが、その円が段々小さくなって閉じてしまった。

 その小さくなっていく円の中に向かって、後ろから光の筋が沢山吸い込まれるように流れていく。


 自分は吸い寄せられるように引き込まれていった。

 そうして、しばらくすると自分の後ろが少しづつ明るくなっていって光が自分を包み、それが周りの景色をはっきりと映し出す様になってきた。

 気が付くと高いドーム型の天井を自分は見上げていた。

 手は引き込まれた時と同じような恰好で、手を伸ばしたままの状態で。

 右手にはガラスのペンをしっかり握っていた。


「うむ。成功したな」

 誰かの声がした。

 その声が聞こえた同時に自分の体が重くなり、床の上に転がっているのを認識できた。


(せ、成功? 何が起ったんだ?)

 僕は、恐る恐る目だけで周りを見回してみた。


(ん? 誰だこいつら? 初めて見る服装だな。中世の宗教的な衣装のような)

 安全とわかると体をゆっくりと起こし始めた。

 握っていたペンは胸のポケットに刺した。

 下を見るとあのモニターに映っていた魔法陣と同じ模様だった。


「言葉は、こやつに通じるのか?」

 周りの奴らより少し立派な恰好をした男が、司祭のような恰好をした男に尋ねている。

 その立派な格好をした奴の斜め後ろには、強面の男が1人。

 その男は僕の事は眼中になく、下の魔法陣を険しい表情でジッと見ている感じだった。

 立派な格好をした奴に一言二言話をしたら、直ぐに外に出ていってしまった。


 そのやり取りが終わった後司祭のような恰好の男が答えた。

「はい。問題ないはずです。その点は意識を導通させておりますので普通に喋れるはずです。ただ、日常会話程度が限度では御座いますが」

「問題ない。では、こやつの素性の確認に移れ」

「はい、かしこまりました。では始めてください」

 司祭の恰好をした男が、その傍にいた従者に指示を出した。

 その従者はリストを用意し、僕に質問を始めた。


「あなたの名前は?」

 状況を掴めない僕は直ぐに答えなかった。

「な・ま・え。名前を聞いています。言葉は、問題ないはずです。ちゃんと、伝わっていますね?」

 従者は僕に尋ねてきた。

「えっと、ここは何処ですか? あなた達は?」

「ふむ。言葉は問題ないようだな」

 司祭のような恰好をした男が話した。

「その説明は後から致します。まず、あなたの名前を教えて下さい」

 従者は僕に名前を催促してきた。

「えっと、枇々木ヒビキ枇々木ヒビキ 言辞ゲンジです」

(漢字は、この人達わかるのか?)

 そんな無駄な心配をしながら質問に答えた。

「あなたの居た国の名前は?」

 従者はリストに従て質問しているようだ。

「日本、です」

「ニホン、ですか?」

「はい」

 少しイントネーションが気になったが、まあ良いだろう。

 すると、偉そうな恰好をした男と司祭のような恰好をした男がヒソヒソと話しを始めた。

 その話が終わると偉そうな恰好をした男は少し満足げな顔をした。


「あなたは、そちらの世界で何をしていたのですか?」

 従者はさらに質問を続けた。

(そちら? ここは、地球のどこかじゃないのか? 何かの薬をがされて、見知らぬ国に連れてこられたじゃないのか?)

「あの、ここは、『地球』ですよね?」

 もしかしてと不安になり僕は尋ねた。

「『チキュウウ』? 何ですか、それは? あなたの世界の国の名前ですか?」

「いや、国じゃなくて、惑星の名前……」

「『ワクセイ』?」

 ダメだ、話が通じない。

 もしかして、これって例の異世界なのか?


「あなたは、元の世界で何をしていたかを答えなさい」

 司祭のような男は答えの催促をしてきた。

 従者は司祭に対して申し訳なさそうに頭を下げる。

「えっと、アルバイトをしながら小説みたいなのを書いてました」

(くそう。自信がないから、つい”みたいなの”って付けてしまった)

 

「『アルバイト』は、どんな仕事ですか?」

「建築現場の仕事やら工場のラインの仕事とか、色々と」

「では、特定の職業の名前では無いのですね?」

「え、まあ、そうです」

(職業の名前じゃなくて悪かったな)

 僕は少し機嫌が悪くなった。

「小説”みたいなの”とは?」

「いや、”みたいなの”は、無しで。えっと、小説とは創作した物語を書いて本にしたものですかね?」

「『ホン』?」

「はい。手元にあるようなリストを束ねて読み易くしたものです」

「ああ、なるほど。本ですね。理解出来ました」

(あ、そうですか)

 まあ、本にしなくても表現できる方法もあるんだけど、この人達に説明しても不要だろう。

 本に出来なければ小説家って胸を張って言えないだろうし。

(まあ、諸説あるけど)


「で、他に何か、あなたの持っている技能とかは?」

(んー。これは、何かの面談かな?)

 

「特に何も」

「何も? 小説以外には何もないんですね?」

「あ、はい」

(あ、なんか、この流れはマズい)

 僕は、数々の面接・面談の失敗の経験から、やばい流れであることを感じ取っていた。

 だからといって、まな板の鯉の状態では、もう相手しだいで何も対抗できないのだが。


 そこに居た偉そうな恰好をした男と司祭のような男も含めて近くにいた奴らがヒソヒソと話をし始めた。


 僕の顔をちらりと見て落胆したような顔をする偉そうな服を着た奴。

(おい、その顔はなんだよ? 失礼だな)

 

「質問は以上です。必要な場合は後から尋ねさせて下さい。まずは、部屋に案内しますので、そこでゆっくりして下さい。おい! 案内してやれ!」

「はっ!」

 腰に剣を身に付け槍を持った数人の兵士が司祭に敬礼し、僕に近づいてきた。

「おい! 立てるか? 部屋に案内する」

 金属製の甲冑の中から、一人の兵士の目が見えた。

 その感じからは横柄そうな感じもせず、直ぐに切り殺されそうな感じがしないので少しホッとした。

「おい! 立てるのか?」

(あ、いけない。ぼうっとしていた)

 僕は、「よいしょ!」と声を出しながら立ち上がった。


「よし、付いてこい。こちらだ」

 先導する1人の兵士の後に続いた。

 残りの2人は自分の後ろから付いて来る。

(やっぱり、下手なことしたら、あの槍か剣でブスリとやられるのか?)

 そんな緊張感を持ちながら、兵士についていき部屋に通された。


 部屋の前では使用人の若い女の子がいた。

 丁度、高校生ぐらいの感じの子だ。

「この者が例の人間だ。部屋に案内してきた。後はよろしく頼む」

 先頭の兵士が、部屋の前で待っていた使用人に依頼をした。


「はい。伺っております。では、ご案内いたします。こちらへ」

 僕は兵士から使用人に引き渡され部屋の中へと入っていった。

 ついてきた兵士は、そのまま部屋の前に警備として残るようだ。


「この部屋の物は自由にお使いください。ただし、この部屋から持ち出さないように。着物や消耗品などは御自由にどうぞ。部屋の外への出入りは兵士にお尋ねください。では、ごゆっくりと」

 その女の子は、とても感じが良かった。

 少女のようだが、しっかりした受け答えを返してきて地頭も良さそうだ。

 この世界の事について、もしかしたら教えてもらえるかもと期待して僕はその子に尋ねた。

 

「あの……」

 僕は、これからどうなるのか、元の世界に戻れるのかと使用人の女の子に尋ねようとした。

 だが。

「申し訳ございません。部屋のこと以外についてのご質問には、お答えできません。もし、その系統のご質問でしたらご遠慮頂きたいのですが」

 質問しようとして出鼻をくじかれてしまった。

「あ、そうですが。じゃあ、いいです」

「他に御用が無いのであれば失礼いたします。用の際には兵士に伝えてください。私か他の使用人が直ぐ参りますので」

 その使用人の女の子は、そっけなく答えて部屋を出て行った。


(ちょっとは悩んで答えてくれても良かったんじゃないのか?)

 ナンパしようとしてツンツンと冷たい返事を返された気分になった。

(どこかであれくらいの年の女の子の夢を見たような。見てないような。転移とその後のショックで、頭が混乱している。そんな事よりも、自分が受けている処遇の方が問題だ)


「自由にしろって割には監視付きかよ」

 僕は少し腹立たしく吐き捨てた。

 

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