追放
「僕は、何しに、ここに呼ばれたんだ?」
「僕は! 何しに、ここに来たんだ――!」
部屋の中で、つい大きな声を出してしまった。
慌てた兵士が部屋の中を伺ってきた。
「何事ですか? 何がありましたか?」
槍を構え周りを警戒しながら入ってくる。
「あ、すいません。ついイライラとして、大きな声を」
僕は頭を下げた。
兵士は安全とわかると、剣を納め槍を持ち直し姿勢を直した。
「そうですか? 不安なのはわかるが、あまり大きな声や暴れたりすると拘束することになる。気を付けて欲しいものだ」
物言いは丁寧だが勝手に連れてこられた僕としては、少し納得は行かなかった。
「あ、そうですね。気を付けます」
そう言ってベッドの上で仰向けになった。
(本当に、何で僕が呼ばれたんだ?)
恐らく、このパターンで連れてこられたら、もう元の世界には戻してもらえない。
僕の職業を聞いてガッカリしたので、十分わかる。
(くそぅ。くそぅ。何で、なんで僕なんだ?)
(部屋の中の物は、自由に使って構わないって言ってたな)
少し冷静になったので周りを観察した。
(そう言えば、この世界にも本があるらしい。なら、どうやって書いているんだ? 紙やインクは? 書く道具は?)
この状況をまとめて、何かの役に立てようと思い、紙とインク、ペンらしきものがないか周りを見回した。
「うーん。近いものはあるけど」
当然ながら、日本にあるような紙はない。
そして、インクも。
ペンは羽の先の一部をカットしている物だ。
原始的なペンだ。
自分の持ってきたガラスペンと変わらないが。
気持ちを整理するために現在の状況を書き出してみた。
「ん? この字は? 僕は、この世界の字、書けるのか?」
不思議な気持ちがした。
そう言えば、会話も普通にしている。
元の世界なら、たどたどしい機械翻訳のサービスが、ようやく無料で始まった所だ。
まだまだ、お金を取れるレベルではなかった。
僕が知らないだけかもしれないが。
「確かに、遅れているところもあるが、僕らの世界の科学で出来ていないことを、あっさりと実現できている部分もあるんだな」
それらを、紙に書き出していった。
「そうか、ここの世界では呼び出したからと言って、何か特殊な能力を得るとかではないんだな。そういう設定の小説やアニメが沢山あったが」
んー。転移か? 自分の場合は。
その特典が自動翻訳能力か?
物書きもしていた自分にとっては、返ってその方が良かったかもしれない。
ただ、ここの連中の欲しい人材ではないのが非常に気がかりだった。
そうして頭を整理するためにリストを書いている途中で、使用人の女の子が兵士を伴って部屋に入ってきた。
「失礼します。司祭様からの呼び出しがございました。こちらに」
「あ、はい」
もう、言いなりで付いていくしかなかった。
部屋を出て司祭の居る部屋というところに通された。
もちろん、3人の兵士も一緒に。
その部屋では司祭の他に2人、机を挟んで向こうに座っていた。
「
「え、まあ。そりゃ」
僕は、無愛想な返事を返した。
「あなたは、本を書けるのですね?」
「え、まあ。実際に売るための本を何冊かは出したことも」
「そうですか? こちらにも本というのがあります。ただ、あなたの世界とは恐らく違うものです。ですが、それで仕事をすることは可能でしょう」
(ん? これは、もしや……)
傍にいた使用人の女の子が、机の上にあった箱の中身を開いて僕に見せた。
「これは、1年から2年ぐらいの生活が出来る資金です」
始まったな。
「我が国にある本を出している所を紹介します。主に王家や貴族、豪商などを相手にしているところです。あなたの世界のとは違いますが、まあ変わらないでしょう」
いや、だいぶ違うと思うけど。
「住むところの手配もこちらで用意しました。いったんは、そちらに移ってください」
「あの、僕は、追い出されるので?」
回りくどい言い方するので、単刀直入に尋ねた。
「ん。まぁ。そういうわけでもありません。何か必要があれば、再びお呼びすることもあるでしょう。それまでは、その出版商会の仕事をこなしながら待機ということになります」
「はぁ」
僕は、力なく返事をした。
「ただし、あなたが、こちらの世界に召喚されたことや、あなたの世界については一言もしゃべってはなりませんよ」
「でも、まったく書くなとは難しいですが」
「その為の、王家と取引をしている出版商会に居てもらうのです。もし、触れているようなら、そこで直してもらいます。だから御心配なさらずに」
(え? それって、検閲するってこと?)
がっかりしたが、武器を持たされて紛争地域に放り出されるよりはましかと思いなおした。
「わかりました。いつからですか?」
「ご理解が早くて嬉しいです。今からでも大丈夫です。
「あ、そうですか。自分は着の身着のままなので今でも」
「では、この使用人と一緒に向かってもらいます。良いですね?」
「はい」
司祭は使用人の女の子に合図し、準備を整えさせるように指示を出した。
「あ、あの……」
「何か?」
「紙とインクを。それとペンを。出来れば沢山欲しいのですが。書いたメモも、持って行って良いですか?」
「わかりました。一緒に持たせましょう。不足すれば、出版商会から融通してもらうように。それがあなたの仕事となるでしょうから」
「ありがとうございます」
使用人の女の子が、僕と一緒に持っていくお金や手続きを終えた書類、紹介状を整理している。
それらをまとめて袋に入れ、僕に手渡した。
「参りましょう」
僕は使用人の女の子の後を付いて行った。
途中で司祭が僕を見送る為に出入口で立っていた。
「では、
「はい。司祭様も」
笑顔ではあるが、事務的な感じで僕は送り出された。
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