末路(売れない兼業作家の末路)

 大学を辞めなければいけなかった理由は、僕の両親が事故で他界してしまったからだ。


 突然の連絡で、自分は少し放心状態となってしまっていた。

 友達もいなかったので、連絡してくれた事務の方が、心配してくれて、正気に戻った。


 警察や、航空会社の連絡があり、事情を説明された。

 ニュースにもなった。

 だけど、僕は、それを淡々と聞き流していた。

 遺体も何もない。

 大空の上での出来事だったから。

 しかし、それはそれで良かったのかもしれない。

 下手に亡骸を見たら、もっと悲しみが増したかもしれないから。

 両親共に施設育ちだってので、身内が居ない。

 住んでいたアパートや部屋の中の物は全て処分した。売れる物は不用品の引き取り費用と相殺されて、殆ど手元に残らなかった。


 大学へは自分から退学の申し出を入れた。

 アルバイトをしてたので、それでしばらくは食いつないで行ける。

 そして何よりも。

 自分は小説を書いていたので、悲しみや虚無感に自分の気持ちが持っていかれるのをさけることが出来た。


 小説の方は何度か応募して、1、2冊は書籍化もされたが、初版だけで打ち切られるばかりだった。

 まあ、出せるだけでも凄いらしいのだが。

 

 なのでアルバイトはやめることが出来なかった。

 しかし、それでは今の家賃を払い続けることが出来ない。

 安いアパートを探そうとも思ったが、それなら住み込みで働けるところを探した方が良いかと思った。

 今までのアルバイトの方も昨日で退職していた。

 明日は目星を付けた住み込みのバイトに連絡をしようと考えていた。

 

 しかし、わずかだった貯金も底をつき、アルバイトの収入では飲食代もやっとだったので家賃は滞納していた。

 大家さんは待ってくれたが、流石に申し訳ない。

 一時期宿無しになるのも仕方がない。

 約束どおり今日で部屋を明け渡し、無料で休める所か、安く泊まれるところを探しながら切り抜ける。


 小説の方は、自分の心を保つために続けようとしたが、ネット上に上げても、なかなかPVが上がっていかない。

 テーマのずれ、文章の弱さ、構成のまずさ、知名度、投稿タイミング、自分の運。

 どれかが足りなく、どれも足りてないかもしれない。

 これが足りないという、答えは返ってこない。

 答えがないというのが、それらの答えだった。


 大家さん宛てに、お礼の手紙を書く。

 最後だから、このノートPCで、音楽でも聴きながら書くことにしよう。

 動画配信サイトで気になる音楽を選びながら、感謝の手紙を形見となってしまったガラスペンで書いていた。


「少しペン先が引っかかるかな。文字もところどころ滲む。万年筆用の用紙を買ったつもりだったけど」

 このガラスペン用に空きのペットボトルを用意した。

 キャップに万年筆のインクを入れ、容器の方は半分に切って水を入れた。

 容器の方の水は筆先を洗うためだ。


(本当は、おしゃれな小瓶に入ったインクとペン先を洗う為にぐい吞みに似た小さな小瓶へ水を入れて使うと良いのだけど、まあ仕方がないか。これで何枚も原稿を書くわけじゃないし。)


 いくつか気に入った音楽を聴いていると、トップページの一覧に自分が選んだ傾向に合わせて選んだ強く主張するお勧めの動画が上がってくる。

 その中に気になる動画が見つかった。

「こんな動画、選んでないのにな」

 時々変なのも上がっていて、うっかり押しそうになってしまう。

 困ったものだ。


 その中にいつも見かけるキャッチセールスのような文言を書いたサムネ画像の動画を見つけた。


『この動画を奇跡的に見た、あなただけの特典。辛い現実が終わり、新しい世界が始まります。好評過ぎて危険なので、あなたが見た後直ぐに削除します。』という動画が、お勧め一覧に上がっていた。

 

 普段なら、「また、こんな動画なんて」って見なかっただろう。

 お礼の手紙を書こうとガラスのペンを右手に取り、その画像のコメントに目を通していた。

 だが、このノートPCでは最後だし面白そうと思ったので僕は動画を見るため動画の画像を選び、ペンを握りながらマウスでクリックしていた。


 動画が再生されると勝手に画面いっぱいに、どこかのファンタジーものにあるような魔法陣が広がって表示された。

「あれ? 勝手に画面いっぱいに広がった。また、プログラムのバグか?」

 バグというのは、不具合という意味で、プログラムが設計時の意図通りに正しく動いていない場合に使う言葉だ。

 だが、直ぐにそれではない状況が続いてきた。


 それはいくつものパターンを変えて何層にも表示が重なり、部屋の壁に向かって広がった。

 

「うわっ! 眩しい! プロジェクターみたいに壁にまで映るのはおかしいぞ?」

 

 眩しくて手で光をさえぎりながら画面を見ていたら、その背後の魔法陣の光に引き込まれるように吸い寄せられた。


(いかん! 何か、まずいことが起きている)

 そう思って画面から逃げようとしても、もう遅かった。

 体がスゥーっと吸い込まれていく。

 足も畳の上に無いから踏ん張る事も出来ない。

 大声を出してはみたが、引き込まれ始めてからは口をパクパクするだけで声にならなかった。

 

 行方不明になったら誰かが探してくれるだろうか?

 いや、悲しいことに今日中で退去する事になっていて、部屋の鍵を置いて出て行くだけと話を済ませていた。

 出した本も既に売れないと判断されて契約も解除されていた。

 つまりは、ここで消えてしまっても誰も探さないのだ。

(でも、ノートPCに、あの怪しいサムネ画像の動画が残っていれば?)

 引き込まれながらもノートPCの画面を見てみたら、その動画も一覧表示から消え他の動画に変わっていくのが見えた。


 そして、目の前が全て暗くなり見えなくなった。

 次の瞬間、後ろから前に星が流れるように光が流れていく。

 僕は、手にペンを握りしめたまま奥へ奥へと体ごと消える様に引き込まれていった。

 

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