一撃ドライブ

どらぽん

プロローグ

『あいつさ、小学生の時は天才とか言われてたけど大したこと無かったわ』

『ここで終わりかー。せっかく全国行けると思ったのにあいつのせいで』



中学3年の学総。その関東大会のベスト8決定戦の団体戦で俺を含む3人が負け、2-3でうちの中学の敗退が決定した。個人戦では俺と後輩の2人がシングルスでの試合を残している。しかし俺は、先程の会話を聞き、集中する事が出来ずベスト36という結果で後輩と共に敗退した。



団体戦、個人戦共に全国行きを逃した俺の部活での最後の大会は、トイレで聞こえてしまった会話と、チームメイトが涙を流している記憶しか残らなかった。




――――

―――

――



はっと目が覚めたらそこは未だに見慣れない天井があった。小学生の頃からの知り合いが監督を務めている高校からスポーツ推薦を貰ったため、地方から出て埼玉で一人暮らしをしている。ここに引っ越してから数日しか経っていないため未だに見慣れないのだ。一応寮もあり、そちらも考えたのだが、とある理由からアパートを借りて一人暮らしをする事になった。まあその理由はすぐに分かるのだが…



(まだ6時半か。高校までは確か歩いて20分位だったよな。8時に家を出れば間に合うけど今日入学式だしな。軽く走って身支度整えるか。)



ベッドから降りカーテルを開ける。朝起きたらするであろう事を一通り済ませ、ランニングウェアに着替えてから家を出る。まだ4月上旬で肌寒いのでウインドブレーカーも忘れずに羽織る。



(鍵は一応閉めるか。確か合鍵持ってたはずだし。)



今日は軽く体を温めるのと、この辺をぐるっと1周ほど散策するのが目的のためあまり時間はかからないだろう。そんな事を考えながらランニングシューズの紐をキツめに結び軽く走り出した。






ランニングから帰ってきて家のドアを開けると、先程閉めて行ったはずの鍵が空いていた。



(やっぱり来てるよな。いつもありがたいんだけど自分の準備とかは大丈夫なのか?)



家に入って廊下を歩いていき、リビングのドアの近くまで来るといい匂いがした。しかし、リビングのドアは開けず右側にある洗面所の方に行き手洗いうがいを済ませる。タオルで手を拭き、リビングのドアを開けるとそこには見慣れた女の子が2人掛けのダイニングテーブルに朝食を運んでいる最中だった。



「あ、 おはよう。やっぱり走りに行ってたんだ!お疲れ様〜!」

「おはよう紅葉。いつも朝食作ってくれてありがとう。」



そこに居たのは幼馴染の斎藤紅葉。両親達の仲が良く、家も隣のため物心が着く前から一緒にいる。思春期特有の男女間でギクシャクしたり、疎遠になる事も無く、本人達の仲も極めて良好だ。ここだけを切り取って見れば同棲をしているように思われてもおかしくは無いが、そもそも交際すらしていない。また、ここは1LDKで一人暮らし用のアパートである。どういうことか。つまりそういう事だ。



「それにしてもおじさん達もよく一人暮らしを許可したよな。女子高生の一人暮らしとか結構危険だろ。」

「司君の隣の部屋だし、何かあっても司君がいるから大丈夫って言ってたよ」

「その期待には答えないとな」



紅葉はスポーツ等の推薦は一切ない。一般受験組だ。ずっと一緒に育ったため住んでいた地元は同じで中学も一緒に通っていた。と言う事は地方から出て埼玉に来たということだ。目の前で朝食を美味しそうに食べている女の子に問いかけてみる。



「なあ、俺に着いてきてくれるのは嬉しいんだけど本当に良かったのか?あっちにも友達とかいたろ。寂しかったりしないか?」

「寂しくないって言ったら嘘になるけど、お盆とか部活がない長期休みは一緒に帰省できるでしょ?その時に会うから大丈夫!それに、司君と一緒に高校通えない方が嫌だったから」

「そっか。俺も紅葉がいなかったら寂しかったから嬉しいよ」

「…鈍感天然タラシ」

「ん?何か言った?」

「何でもない!」

「そうか」

「それより早く準備しないと時間無くなっちゃうよ。洗い物とかしておくから」

「本当なら俺が洗い物担当なのに悪いな。今日の帰りにケーキでも買うよ」

「やったー!」



シャワーを浴び、制服を着て準備を整える。学校に行く時間になったので家を出て鍵を閉め、そのまま2人で学校に向かう。



(それにしてもやっぱり美少女だよな。美少女はどんな服を着ても似合うのか)



なんてくだらない事を考えているが、紅葉は幼馴染贔屓を無しにしても美少女と呼ぶのに相応しかった。大きな瞳に小さいながらも高さがある鼻、色のいい唇に長く綺麗な黒髪。今日はハーフアップにしているが、気分によってはほかの髪型にする事もある。小さい頃から美男美女の幼馴染と言われているので自分の容姿も比較的いいと自覚はしているが、紅葉は文字通り次元が違う。入学して1ヶ月で40人に告白されるという偉業を達成事もある。



「そんなに見てどうしたの?どこか変かな」

「いや、変じゃないよ。制服姿も似合ってるなって」

「あ、ありがと…司君も制服姿すごくかっこいいよ!」

「ありがとな」

「えへへ」



中学入学時、既に多数の男子生徒から行為を持たれていたが、時が経つにつれてそれも減っていった。その理由は2人が基本的に一緒に行動をしていたり、距離が近かったというのもあるが、1番は2人が無自覚にイチャイチャをするせいである。紅葉に隠れているが、司もかなりモテていた。180近い身長に整った顔立ち、誰にでも平等に優しく多趣味なためどのグループとでも仲良くすることが出来た。2人とも成績優秀で容姿端麗、性格もいい異性の幼馴染が居るため、周りは近づくことを諦め見守る側に付いて行った。それでも告白をしてくるのはよほど自分に自信がある奴か少し話しただけで勘違いをする奴、入学したてで幼馴染の存在を知らない新入生だけである。



「なんだか緊張しちゃうね。同じクラスになれたらいいな」

「俺は普通科で紅葉は特進科なんだから同じクラスにはなれないだろ」

「そうだったー!なんで司君普通科なの!特進科でも余裕なはず」

「特進科は課題も多いし予習復習は必須だろ?卓球で特待生なんだし両立は厳しい」

「た、確かに。じゃあテスト前は一緒に勉強しようね」

「もちろん。特進科様に勉強教えてもらおうかな」



そんな風に雑談をしつつ歩いていると校舎が見えてきた。今日この日が蒼依司が世界の強豪を倒し金メダルを取るまでの物語、斎藤紅葉が物心ついた時から一途に思い続けた恋が成就する物語、その幕開けの日である。

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一撃ドライブ どらぽん @dorapiko

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