第2話

「やあやあ」


 その声を皮切りに、銃撃戦が始まった。くぐもった発砲音が断続的に続く。放たれた銃弾のシャワーは僕たちが隠れる机の上を通りすぎて、窓ガラスを粉々にしていった。


「お返しだよ――もってけっ!」


 ドン。


 一度、空気を揺るがすほどの大きな発砲音がした。僕には聞き覚えがある。所長愛用のショットガンが発する音だ。


 直後、ぐえ、と男の悲鳴がした。


 破裂音にも似た銃声と空薬莢が床で跳ねる甲高い音が、止んだ。


 と思ったら、金属と金属とがこすれあい、ぶつかりあうような音が響き始める。耳障りな甲高い音は何度も何度も生まれては消えていった。


 侵入者と太田さんの戦いはまだ続いていた。でも、流れ弾に当たって天国へ行ってしまうようなことはないんじゃないか。


「ちょっと危ないわよっ」


「大丈夫です。ガーネットさんはここにいてください」


 見えた探偵事務所はそれはもうひどい有様だった。まるで、部屋の中で竜巻が生まれて、部屋の中のものをめちゃくちゃにかき乱していったみたいだ


 物がいたるところに散乱していた。コップは木っ端みじんになり、中の液体はしぶきとなって、四方八方へと飛び散っている。陶器の破片が黒いブーツによって踏み砕かれた。幸いなことに、壁の銃たちは落ちることなく、ガンラックに収まっていた。


 四人の人物がそこにはいた。黒服の男性二人と、彼らに相対する太田さんだ。残る最後の一人は、黒服の一味みたいだったけど、膝を抱えるような恰好で床に倒れていた。腹部を押さえているところをみるに、先ほどの一撃は男の腹に命中したらしい。


 立っている男二人が手にしているのはナイフ。果物ナイフよりもずっと大きくて、ものものしい。銃はどこへ行ったのだろうと探してみれば、猫ほどの大きさの銃が三丁、床に転がっていた。


「あら、ナイフに持ち替えるなんて、銃に失礼だと思わないの?」


 そう言った太田さんの手には、ショットガンが握られている。大きなトリガーガードが印象的なそのショットガンを、こん棒かバットを担ぐかように、肩に構えたかと思うと、


「ほら、今なら撃てないよ。リロードもしてないし」


 笑いながら、そんなことを言う。ただ単に、事実を口にしたつもりに違いない。でも、男たちはそうは捉えない。自分たちはバカにされている、挑発されている、と思ったことだろう。


 男たちは肩を震わせたかと思うと、罵り声を上げながら、太田さんへと襲い掛かる。


 銀の刃が、振るわれる。一回、二回……食らえば致命傷になりかねない一撃を、太田さんはギリギリのところでよけていく。


 その顔に浮かんでいるのは、恐怖でも緊張でもない。


「うははははっ。もっともっと攻撃して!」


 喜びだ。


 それも、戦っていることにではなく、銃が撃てるという狂気的な喜びだった。


 ガーネットさんは、太田さんのことをやばい人だと形容していた。……間違いない。自分が死ぬかもしれない状況であんな顔をできるのだから、筋金入りのやばい人だ。


 見ているだけで、寒気が走るほどの狂気を、太田さんは発している。まるで別人みたいだ。


 その時、痺れを切らした男の一人が、ナイフを腰に構えて、太田さんへと突っ込んでいく。


「危ない」


 思わず僕は叫んでいた。


 でも、太田さんは。その攻撃がわかっていたかのように、手にしていたショットガンをくるりと回す。


 そのショットガン――M1887は映画をはじめとして、いくつかの創作物に登場する有名な銃らしい。その銃の特徴は、特殊なリロード方法にある。トリガーガードが動き、そこを軸として、銃そのものが回転する。一回転したときにはもう、排出と装填は終わっている。レバーアクションならではのリロードだ。


 回しながら、太田さんは回避している。イノシシのように突進してきた男は、前へとつんのめる。その顎を、一回転した銃身が殴りつけた。アッパーカットのような一撃に、男が吹き飛んでいく。


 ショットガンが排出した薬莢と男が床へと叩きつけられるのは同時。


 一瞬の出来事に困惑するもう一人の男へ、たった今、装填された銃が向けられる。


「バイバイ」


 重低音が鳴り響くと同時に、銃口から黒い塊が飛び出す。それは、男の腹部へと突き刺さった。


 くの字に体を折り曲げた男は、ナイフを落とし、その上へ崩れこんだ。


 そうして、部屋の中は静寂に包まれた。



「終わったよ。――といっても、見てたでしょ」


 床に転がるUZIを、まるで子供を抱えるかのようにそっと拾い上げ、太田さんはそう言った。


「まあ」


 僕はデスクから這い出て、太田さんの方へ向かう。そうしたら、頭を叩かれた。そんなに強くはなかったけれど、太田さんは怒ってるらしかった。


「危ないって言ったのに。窓から狙撃されたらどうするの」


「え」


 背後を振り返る。粉々になってしまった窓の外には建物がある。そこに、スコープをのぞき込む不審人物の姿はない。シーツにくるまった裸の男女が、恐怖にゆがんだ視線を投げかけてくるばかりだった。そんなかわいそうな彼らへ、カーテンが閉め切られるまで、太田さんは手を振っていた。


「例えばの話、相手は軍隊とか傭兵だったかもしれなかった。私、君が死んじゃうのは嫌だよ」


「……コーヒー淹れてくれなくなるから?」


「それもあるけどね。それだけじゃないよ」


 太田さんが微笑む。


 所長から目をそらして、部屋の惨状と倒れ伏す男たちに目を向ける。彼らは一様に白目をむいていた。見た感じ、血は出てないみたいだけど。


「死んだんですか……」


「いつも言ってるでしょ。殺すつもりはないって」


 細い指が指さした先には、黒い塊が転がっている。近づいて行って親指大ほどのそれを拾い上げてみる。火薬のにおいが染みついたそれは、同時にゴム臭がすごい。ゴム弾ってやつだった


「気絶してるだけだよ。じゃないと、私が捕まっちゃうでしょ。過剰防衛とかなんとかでさ」


「太田さんも考えてるんですね」


「もってなによ。いつだって法律のことを考えてますー。なによ、法の中で銃を楽しんでるだけなのに」


 法に則っている人なら、そもそも銃を所持していないような気がするけども。


 デスクの方を見れば、ガーネットさんは頭を抱えて縮みあがっていた。彼女を見ているとどこかホッとする。男性でも女性でも、普通はこんな反応をするはず。……そう考えると、僕も異常だったりして。


「太田さんの影響を受けてるのかなあ」


「え、もしかして銃を好きになってくれた?」


「いやそれはないですけど」


「なあんだ。残念」


「どうして太田さんが残念がるんです」


「そりゃあ、好きなものは共有したいじゃない」


 これなんかどう、って金色に塗装された小さな銃を差し出してくる。「デリンジャーだよ黄金銃って知らない?」なんて太田さんは言うけど、黄金銃って何、デリンジャーって何?


 そもそも僕は、銃なんて持ちたくないし、撃てる気もしないからいらない。


「はいはい。それよりも掃除しましょう。ひどい有様ですよ」


「ええー面倒だから、君に任せるね。私はガーネットちゃんのことを見守らなきゃだから」


「それは掃除しながらでもできます。ほら、箒をもって」


「いやだーやりたくないー」


「大人なんだから駄々こねないでくださいよ……」


 遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくる。次第に大きくなってくるその音を聞くに、十中八九、ここへやってくる。たぶん、近隣の住人が通報したんだろう。


 やってきた警官に事情を説明しなければならない。太田さんは説明しようとはしないだろう。おそらく、きっと。そう考えると、頭が痛くなってくるのだった。



 不夜城のように煌々と輝く警察署を後にしたときにはすでに、日付は変わっていた。


「いやあ、大変だったねえ」


「大変だったのはこっちですよ。刑事さんをおちょくらないでください」


「だって反応が面白かったからさ。ガーネットちゃんはお腹空いてない?」


「別に……」


「そっか。お腹空いてたら、もうちょっと我慢しててね。すぐにお父様がやってくるよ」


「?」


 疑問符を浮かべるガーネットさん。僕もよくわからなくて、どういうことですか、と質問する。


 太田さんが見つめる先から、車がやってくる。都会の闇から飛び出してきたような黒塗りのSUVに、僕は身構える。


 その車は思いのほか静かに、警察署の前に停まった。


 扉が開く。


 そこには、見るからに王様といった感じの威厳たっぷりな男性。


「お父様!」


 そう言って、ガーネットさんは車に乗り込み、初老の男性に抱きついていた。


 うわんうわんという泣き声が、夜更け過ぎの街に響く。


 ずっと、怖がったり泣いたりしていなかったけれど、我慢してたんだ。そう考えると、やっぱり僕って……。


 なんだか複雑な気分で、その場に立ち尽くしていたら、背中を叩かれた。


「ほら、私たちも行こう。王様に話をしなくちゃいけないからね」


 太田さんは助手席へ。僕は、ガーネットさんの隣に座ることにする。


 扉が閉まり、車が動き始める。


 車は、夜の街を音もなく進んでいく。嗚咽交じりの声を上げていたガーネットさんは、目をこするのを止めていた。


 それを待ってから、太田さんは王様に今日一日のことを説明していた。


 太田さんの口から発せられるのは、日本語ではなくて、異国の言葉。王様が同じ言葉で返答しているところをみるにXX公国の公用語らしい。どうして知ってるのだろう。しかも、相手は王様だっていうのに、フランクに話しかけてるし。


「もしかして知り合いなんですか?」


「昔ちょっとあってね」


「チョットアッテネ」


 ネー、と太田さんと王様は顔を見合わせて、言葉を発する。仲がよすぎて、ちょっと、どころではない関係があるのではないかって思ってしまう。でも、一介の探偵が、一国の王様と親しいっていうのは信じられないし……。なんか、やばい仕事でもしてたんじゃないか。


 今考えると、太田さんのことを、僕は何一つとして知らない。


 過去に何をしていたのか、太田さんはちっとも教えてくれないのだ。


 いつか教えてもらえる日が来るのだろうか。


 その前に、僕の命がなくなりそうだから、いっそやめてしまおうか。


 そんなことを考えながら太田さんの横顔を見てたら、その顔がこっちを向いた。


「心配しないで。君のことは私が絶対、守ってあげる」


 ふふっ、と太田さんは笑った。その笑顔に、僕の心はいつだって撃ち抜かれてしまうんだ。

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