BANGBANGBANG!

藤原くう

第1話

 探偵事務所の扉を開けたら、ピンク色の銃口が僕を出迎えた。


「バンッ」


 跳ね上がった銃口から、人類史上最も多くの命を殺した弾丸が飛び出して、僕の体をハチの巣にする――なんてことはなかった。


 スーツ姿の女性――太田さんの楽し気な目がぼくを見てくる。その子どもっぽい視線に似つかわしくないライフルが、ゆっくりと下ろされていく。


「なにやってんです」


「誰か来たみたいだから、不審者だったら撃ってやろうって思ってね」


「止めてくださいよ。お客さんだったらどうするつもりだったんですか」


「その時はその時だよ」


「っていうか、撃ったら捕まりますからね。そのライフルは仕舞ってください」


「はーい」


 なんて気の抜けた返事だろう。僕の忠告なんか、所長には届いていないことだろう。まあ、週一回刑事に呼び出されて、警察署で説教を受けていてもなお、銃器を処分しないんだから、聞いちゃくれないよなあ……。


 ちょっと悲しくなってきたけども、こんなことをしている場合じゃなかった。


「太田さん、困ってるっていう人を連れてきたんですけど」


「それは依頼人ってことかな!」


「そういうことになりますかね」


「やった、久しぶりに銃が撃てるかも!」


「……撃たないでくださいね。犯罪ですよ」


 というか、そもそも実銃を所持していることが問題なんだけど……。


 おもちゃみたいなAK47を抱えて小躍りしている太田さんを見ていると、頭が痛くなってきた。スーツを身にまとっている太田さんは、口を閉じてタイプライターを叩いている分にはかっこいいんだけど、ひとたび口を開けばこんな感じだ。うちが貧乏しているのは、太田さんのせいだといっても過言ではない。……依頼しにやってきた人たちみんな、怖がって帰っていっちゃうから。


 僕は扉とは逆の方へ――階段の踊り場で待っている少女へ向けて声をかける。


「もういいですよ」


 薄暗がりで少女が小さく頷き、階段を上がってくる。


 真っ赤なダブルコートに、黒のストラップシューズ。シンプルながら、どこか気品のある服装に身を包んだ少女だ。顔にはあどけなさが残っているけれど、その目に輝く光は、少女のそれとは思えないほどに強くて威厳に満ちていた。何度見ても、つばを飲み込んでしまう。


 その少女は僕の隣を通り過ぎて、太田さんの前に立った。


「貴女が探偵なのですか」


「うん。太田探偵事務所の所長はこのわたしだけれど」


 少女の訝しむような視線が、壁にかけられた銃器の数々へむけられる。そのどれもが、パステルに、あるいはビビットにリペイントされている。かわいさが上昇しエアガンみたいに見えなくもないけどすべて実銃で、弾を込めればいつでも発砲できる。


 探偵事務所っていうよりは、ガンショップとか武器庫みたいだ。だから、少女の気持ちもわからないでもない。こんなに銃を持ってるこの人が本当に探偵なのかって、助手の僕でも疑ってしまう時があるくらいだ。


「こちらの太田さんは、れっきとした探偵だよ。僕が保証する」


 最後に、半信半疑な視線がやってきたから、助手として僕はそう言った。


 少女は戸惑いの表情を浮かべていたけれども、意を決したように太田さんの方へと向きなおり。


「私を助けてください!」


 街中で出会った時と同じ言葉を、口にするのだった。



「どうぞ」


「ありがとうございます」


「ねえ、わたしのは?」


「こっちにありますから、机を叩かないでください。恥ずかしい」


「うわ、上司にひどい言い方するなあ。雇用主だよ? もっと敬ってくれてもいいんじゃない?」


「なら、上司らしく振舞ってください」


 ブーブーと文句を言う太田さんの前に、コーヒーカップを置く。うんと濃くしたブラックだ。ちなみに少女の前に置いたのは、ストレートの紅茶。配り終えた僕は、少女の隣に座る。別に女の子の隣がいいってわけじゃない。歩く弾薬庫みたいな太田さんの横が嫌ってだけだ。


 太田さんは歩く弾薬庫って呼ばれていたりする。スーツの中は四次元ポケットばりに銃器が隠されていて、そして何より硝煙臭い。そんな人の隣になんて、誰だって座りたくない。


 太田さんは黒い液体をおいしそうに啜り、口を開いた。


「ガーネットちゃんだったっけ」


「そうよ。でも、ちゃん付けしないで。わたしは一人前のレディなんだから」


「レディねえ。確かに服装は高級品みたいだけど、狙われてるのって泥棒とかそっち系?」


「違います! 泥棒なんかよりずっと凶暴なやつらで、わたしを捕まえようと追いかけてきてるんです。ううん、もしかしたら、殺そうとしてるのかも……」


「ほう。どうしてそう思うの?」


「だって撃たれたから」


「そりゃあ物騒だ。この現代日本において、銃を撃ち、可憐な少女を殺そうとしてるなんて」


「……もしかして突っ込み待ちですか?」


「そこ、依頼人の話が聞こえなくなるから静かに。銃で狙われているというのが本当なら、どんな銃だったか教えてくれると助かるな」


「は、はい。確かUZIってやつだったかに狙われて……!」


「UZI! 傑作サブマシンガンじゃない。いいなあ、私も街の中でぶっ放したいなあ」


「太田さん?」


 僕の言葉に、冗談だよ、とはにかみがちに太田さんが答える。冗談にしては、興奮していた気がするんだけど。


 太田さんが咳払いをする。


「やつらってことはたくさんいるのね。そのたくさんのバカたちが、あなた一人のことを狙ってるってことでいいかな」


「大体あっています。こんな危険なこと探偵に頼むことじゃないとは思ってます。でも、貴女くらいしか助けを頼めそうな人はいなくて」


 ガーネットさんは懐から、スマホみたいな機器を取り出す。スマホにしてはずっと分厚くてごついそれに弾丸が突き刺さっていた。銃で撃たれたというのは本当らしいし、その機器も使えそうにはなかった。


「衛星電話ね。壊れちゃってるみたいだけど」


「なんです、その衛星電話って」


「衛星通信を行う通信装置だよ。衛星に電波が届くならどこでも連絡できるって優れもの。見た感じ、かなり高価なものじゃないかな」


「大したものじゃないわよ。お父様のおさがりですし」


 ふうん、と太田さんは呟く。遠くを見つめるように細められた目は、獲物を狩る鷹のよう。いつもこんな顔をしてくれたら、探偵っぽいんだけどなあ。


 次の瞬間には、いつもの子どもっぽい無邪気な笑顔に戻っている。


「助けるのはやぶさかではないし、むしろ襲われてくれた方が、私的にはいいかもしれないんだけど」


「はあ?」


「気にしないでください。別に、悪気があって言ってるわけじゃないので。いや本当に」


「失礼な。私はね、正当防衛の話をしてるだけなんだけど?」


「正当防衛の話なら、殺しちゃったら意味ないですから。過剰防衛っていう罪に当たります。それに、ガーネットさんを危険に晒すことになります」


「わかってるってば。ちゃんと殺さないようにするから」


「……どっちの意味で言ってるのかは聞かないでおきます」


 太田さんは懐から拳銃を取り出す。リボルバーってやつらしいけど、どことなく警察官が所持しているそれと似ている気がする。というか瓜二つでは? レンコンみたいなチャンバーすべてに弾丸が込められている。持ってる銃は警察官のそれと似てるくせに、空砲って概念は存在しないらしい。


 ガーネットさんの視線が僕と太田さんの間を行ったり来たり。その顔には、何の話をしてるんだろうって不安がありありと浮かんでいた。……本当に申し訳ない。


 申し訳ないついでに、僕はガーネットさんに質問することにした。


「その襲ってくる人たちっていうのは……?」


「おう――お父様の政敵で」


「政敵?」


「読んで字のごとく、政治上の敵のことだねえ。基本的には、反対派のことを指すけれど、この場合は文字通り敵なのかな」


「どうしてガーネットさんが狙われなくちゃいけないんです? 本人を狙えばいいじゃないですか」


「そりゃあ、彼女のお父様がすっごく偉い人で、こちらにおわすガーネットちゃんはその娘だからじゃない?」


「そ、それほどでもないわよ」


「謙遜しなくていいのに。ガーネットちゃんって、XX公国のご子息でしょう?」


「XX公国って、今、王様が来てるっていうあの?」


 首脳会談を行うとかなんとかで訪日したその王様は、王様っていうイメージそのままの人で、お鬚ふさふさ豪奢な服装を身にまとっていたと記憶している。思い出してみると、ガーネットさんには、その王様の面影があるようなないような。


 その凛々しい顔が縦へと振られた。


「なんでわたしのことを知ってるのか疑問だけど、そうよ、わたしはXX公国の第一王女。だから狙われているの」


「いやあ、たまたまだよ。なんだか顔が似てるなって思ってね」


 太田さんが出来損ないの口笛を吹く。嘘をついた時の反応だけど、何をどう嘘をついているのか、さっぱりわからなかった。なので、本題について考えることにする。


「それなら、SPかなんかに頼めばいいんじゃ。いるんでしょ、親衛隊みたいなのが」


「いるけどできないのよ! 衛星電話壊れちゃったし、そもそもスマホも置いてきちゃった」


「あららそれは大変だ。言葉が通じてよかった」


「わたしたちが日本と親しくしてるのは知ってるでしょ」


「政治のためってこと?」


「それもあるけど、日本が好きだからに決まってるじゃない。……あいつらは違うみたいだけど」


「どういうこと」


「こういうことだよ、君」


 太田さんは懐から三つの弾丸を取り出し、横一列に並べる。


「ここにA国とB国がある。二つに挟まれたのがXX公国ね。さて、両方からお誘いを受けたとしよう。ガーネットちゃんのお父様はA国と親しくしようとしている。とすると、面白くないと考える人たちがいる」


「彼女を狙っているのがB国?」


「もしくは、B国と親しくしたい政治組織じゃないかな。それを反体制派とか、政敵という」


「政治に通じてるなんて意外です」


「意外って心外だなあ。私だって考えてるんですからね」


「銃をぶっ放すだけだと思っててすみません」


「そんなこと言わなくたっていいよっ」


 そんな太田さんは、リボルバーを弄んでいる。その銃口がこちらへと向くのではないか――実包が込められてはいないといえど、ひやひやしてしまう。


 僕と同じことを感じたのだろう。隣のガーネットさんが、そっと僕へと近づいてきた。


「あの人、大丈夫なの?」


「たぶん」


「たぶんって、それだと困るのだけど」


「射撃の腕はピカイチだから安心してください」


「あれだけ銃をたくわえこんでるのだから、そりゃあそうでしょうけれど、探偵としてはどうなのよ」


「…………」


「なにか言いなさいよ!」


「大変だってことは伝えておきますね」


「わたし、帰る」


「ちょちょっと。命狙われてるんでしょ。危ないよ」


「ここにいた方が危ないわよっ! いつ銃で撃たれるかもわからないのに!」


「銃! 今銃って言った?」


 身を乗り出してきた太田さんに、ぶんぶん手を振る。太田さんが話に入ってきたら、ますます面倒なことになってしまう。少なくとも、話は変えないと。ガーネットさんが帰ってしまわないように。


「それより、太田さんって色々な依頼を解決してきましたよね」


「うん、そうだけど、いきなりどうしたの?」


「い、いやあ。ガーネットさんが心配そうにしていたので」


 僕の言葉に、太田さんはガーネットさんへと顔を近づける。まじまじと見つめられた彼女は「なによ」と顔を背けて言った。


「私これでも銃の心得あります」


「見ればわかるわよ」


 ガーネットさんは四方八方を指さす。壁には銃がかけられている。正面にはデスクがあって、その向こうには、木製の窓にはいくつも穴が開いている。もちろん全部弾痕だ。


「わかるならどうして?」


「貴女が危険な人だってこともわかるからよ! 部屋に発砲する人間がどこにいるの。いないでしょ普通!」


「ここにいるんだけど……」


「わかってるわよ! 日本の警察は優秀だって聞いていたのに、どうしてこんな超危険人物を野放しにしているのかしら」


「それ、僕も気になってます」


 僕とガーネットさんは顔を見合わせて、それから太田さんを見た。


 太田さんはへたくそなウィンク。何か秘密があるらしいけど、それを教えるつもりはないらしい。


 ガーネットさんは顔を真っ赤にさせていた。ああ、堪忍袋の緒が切れてるよ。


「帰ります」


「待った待った。冗談じゃない」


「なんですかこの人は、人をバカにして……っ!」


「落ち着いて。太田さんに悪気はないんだって」


「そっちの方がずっと悪質よ!」


 ガーネットさんは、勢いよく立ち上がろうとした。本気で、この探偵事務所から出て行こうとした。


 そのとき、階下で車が勢いよく止まった。


 よく響くブレーキ音に、僕の体は、反射的にこわばっていた。


 いつもだったら、気にも留めなかっただろう。でも、何となく、イヤな予感がした。ガーネットさんという、一国の王女が狙われているという状況で、不審なブレーキ音。関連がないとはいえない。っていうか絶対関係している。


 ……この手の予感ってやつは、太田さんの助手になってから、日に日に感じ取れるようになってきている。それだけの修羅場をくぐってきてしまった。太田さんとかかわってしまったばっかりに。


 僕は所長を見た。


 目がわずかに細まる。――真剣モードに入るときは、決まってこうなる。この、鷹をも射止めてしまいそうな目が、僕は好きだったりする。


「助手くん。奥の机の方に行って」


「依頼人も、ですよね?」


「当然。顔は出さないように。窓の方も注意して」


「な、なになに。突然、意思疎通し始めるなんて。日本ではこういうのでしょう。阿吽の呼吸って」


「どっちかというとツーカーって感じだけどね。でもこの話はまた今度。ガーネットちゃんが言ってた人たちが来たよ」


 ガーネットさんが息を飲んだ。それだけで、事態を把握したらしい。


「……わかったわ」


 僕はガーネットさんの手を引っ張りながら、机の後ろへ回る。


 マホガニー製というその机は、分厚くて、しかも鉄板が仕込まれている。対物ライフルの一撃であっても防ぐことができるとかなんとか。絶対必要ないって思ってたけど、まさか使う時が来るとは。


 机は、僕たちが身を隠せるくらいには大きい。


「ここなら安全ですから」


「私の家にもこんなのはないな」


「ライトもありますし、飲み物もありますよ」


「いたせりつくせりじゃない」


 僕はミニ冷蔵庫の中から、コーラではなくスプレーを手に取る。赤い液体がなみなみそそがれたやつだ。


 これを使う状況にならなければ、それが一番なんだけど。


「なにそれ」


「トウガラシスプレーっていうらしいです」


「あの人、銃器のバイヤーなの?」


「いや、探偵です。人よりも武器を持っているだけの」


「もういいわ……」


 バンっ、と勢いよく扉が開いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る