第4話 変化した世界、変わらない思い

「バルネラって人、本当に腹立つ!」

「そうだよなー。何を優等生ヅラしてるんだ」

 普段はバルネラさんのことを優等生として追いかけて噂している人たちが、こぞって悪口を叩いています。

「私が救えなかったせいです……」

 思わず出たその声に、何があったのかを思い出してしまいました。バルネラさんが使ったのは、この国の人全員の心を消し、考えていることが口に出るようになるという究極呪文「フォーマ」です。数日経って世界にかなり馴染んできたようで、違和感に感じる人はほとんどいないようです。

 落ち着いた今、とても後悔しています。私は彼を怒らせてしまった……心を消すという大胆な行為に対して正義感が働いてしまったがゆえに。よく考えたら彼も苦しかったのでしょう。

「結局バルネラってただの研究オタクで何も考えてないんだよな」

「そうそう。自分が強くなるとか一切眼中にない変な奴」

 あんな風に陰口を言われているかも、とか考えて不安にでもなったのでしょう。陰口よりは堂々と言われたほうがマシ、この考え方も共感してしまいます。ですが、これだけでは何も解決していないのもまた事実。

「私がカッとならなければ、バルネラさんはまだ落ち着いて話を聞いてくれたのかもしれません……」

「あいつのことがどうかしたんだぜ?」

「あ、マルーさん。話を聞いてくれませんか?今、とても悩んでいて……」

「あいつがついに目的を達成してしまったんだろ。マルーにもわかるんだぜ」

「話が早そうで助かります」


「……なるほどだぜ。マーチはあいつが究極呪文を発動させてしまったのを自分のせいだと思って負い目に感じているってことなんだな」

「合っています」

「それは考えすぎなんだぜ。第一、マーチは一人で抱え込みすぎなんだぜ。誰も傷つかないというのが希望なんだろ?そして全てが上手くいかないと自分のせいだと感じているという節はあるぜ」

「なるほどです。確かに自分のせいだとばっかり感じてました」

 だからバルネラさんのことが気になってしまっていたのかもしれませんね。

「そして、マルーにはそこまであいつのことがわからなかったんだぜ。昔からあいつのそばにいたのだが、そこまで深い考えだとはわからずただ世界を壊したいだけだと思っていたんだぜ。マーチにしかこれはわからないんだから、とっと元気を出すんだぜ」

「そう、ですか。そうですよね」

「ところで、なんでそんなにあいつの気持ちがわかるんだぜ?」

 それはちょっと暗い過去なので、あまり触れたくないのですが……マルーさんには話しておきたい気がします。

「私は昔、とあるおとぎ話が好きでした」

「? いきなりどうしたんだぜ」

「そして、そのおとぎ話に影響を受けた創作呪文を多く作るようになりました」

「それが何か関係しているんだぜ?」

「いつの間にかおとぎ話の理解度・創作呪文の実力共にかなりのレベルまで到達していたんです」

「好きこそものの上手なれ、凄いことなんだぜ」

「そして、もっと両方を極めたいと国内最高峰の魔法学校、ここインテ魔法学校に入学しました」

「あいつっぽいところがあるんだぜ」

「ですが、同級生たちは動機も実力も数段上のクラスの人たちばかり。周囲からも実力不足をからかわれ、自分の立ち位置が不安になりました」

「あいつは圧倒的な実力で乗り切ったってわけだな」

「そして思うようになったのです。これ以上だれも傷つかないようにしたい、と」

「それがマーチの考え方の欠片なのか、結構あいつに似ている気がするんだぜ」

「共感してしまったみたいですね。マルーさん、落ち着いた今私はバルネラさんに謝らなければいけないと思っています。協力してもらえますか?」

「全然かまわないんだぜ。今日の授業が終わったら寮の部屋に迎えに行くんだぜ」


 マルーさんと一緒にバルネラさんの部屋にやってきました。以前行った隠し部屋もよく行っているらしいですが、さすがに寝泊りは隠し部屋ではしていないらしいです。なので今回は来たのは寮にある普通の部屋です。

「入るんだぜー」

「マーチとマルーか、どうだ俺の究極呪文は。二人とも熱心に反対していたが、自分の目で見て納得しただろう。この世界のほうがより良いと」

 バルネラさんはとても笑顔で出迎えてくれました。私たちが気変わりしたとでも思っているのでしょうか。気変わりといえば確かにそうですが、あくまでも今から行うのはバルネラさんの更生と私の謝罪です。

「そうですね……たしかにバルネラさんの言いたいことはわかりました。ですが、これでは何の解決にもなっていないですよね」

「そうかもしれぬが、コソコソと言われるよりも大分マシだろう」

「それもわかりますが、悪口を言われるという事実は変わりませんよ」

「そんなことを言うな!」

「ごめんなさい。私のほうが悪かったです。あの時ちゃんと気持ちに寄り添えずに怒ってしまったから……」

「マーチも結構負い目に感じているみたいぜ」

 マルーさんも私の応援をしてくれています。しかしバルネラさんは様子が一変、少しカッとなってしまいました。

「まだ俺のことをだまし続けるつもりか!」

 あー、結構重症ですね。これは一刻も早く救い出してあげなければいけません。

「マーチ、結構冷静そうに見えるけどどういうことなんだぜ?」

 マルーさんが少し小声で聞いてきます。そうですよね、これは少し理解しにくいかもしれませんね

「これはバルネラさんも結構苦しい状態です。彼は今、少しでも肯定的な発言があるとその発言は信用できなくなっている状態です。世の中は偽りのみでできている、そういう心情から抜け出せなくなっているんですよ」

 同じく私も小声で返すと、バルネラさんの怒りはさらに加速してしまいました。

「何をコソコソコソコソ話しているのだ! はっきりと言わんか!」

「わかりました、はっきりと言います。落ち着いてください!」

「なんで俺はそうやって騙されてばっかなんだ! わかった、二人は俺の究極呪文の影響が足りていないのだな! そうならもう一回二人に向けて全力の呪文を唱えてやる!」

 そう言ってビンに入った薬を飲み、呪文を唱える体制に入られました。

「結構ヤバイ状態じゃないんだぜ?」

「大丈夫です。私たちは思っていることを素直に口にしているだけです。フォーマの影響をこれ以上受けることは無いはずです」

「何か話しているようだがこの際どうでも良い! みんな本当のことを言え! フォーマ!」

 一瞬世界がまぶしくなり、すぐに戻ります。これは前もみたフォーマのものです。

「さぁ、正直に言え。本当は俺のことが嫌いなんだろう?」

 私は全然バルネラさんのことが嫌いでは……

「むしろバルネラさんのことが大好きです」

 頭で考えるよりも先に口に出てしまいました。本気のバルネラさんの力でフォーマの影響が強くなっているのでしょうか。

「実力者でかっこよくて、でも致命的な弱さを抱えていて、それを克服するために努力を惜しまない人でもあって。本当に好きですよ」

「嘘つきめ! からかっているのだろ!」

「この言葉が本当なのは、私に強力版フォーマを使ったバルネラさん自身が証明しているのですよ」

「マーチはマルー以上にお前のことを思っているんだぜ」

「え!? そう、なのか……?」

 すこし動揺しているようです! 今がチャンスです!

「心から愛しているあなたにこの呪文を贈ります。トデプア!」

 あ! 呪文は使うつもりではなかったのに勢いで使ってしまいました! ……そんなことを考えているうちに光がバルネラさんを包んで、温かく消えていきました。

「マーチ、俺のことが好きって本当に思ってくれてるのか?」

 一気に顔の赤みが抜け、優しく声をかけてくれました。トデプアには対象者の弱みを補う効果があります。その影響でしょうか?

「そうですよ」

「俺のことが好きなのか……」

 バルネラさんは炎魔法で炙られたかのように顔を真っ赤にしてしまいました。

「私、変なこと言っちゃいましたか?」

「何でもない。ただ、好きと言われたのが嬉しかっただけだ」

「マルーが思うに、マーチは自覚していないぜ」

「なるほど、そういうことか」

「へ? 何のことですか?」

「今は気にしなくてもいいと思うんだぜー!」

 何の話だかよくわかりませんが、マルーさんはクスクス笑っていました。


 数日後の話です。私はバルネラさんから衝撃的な話を聞きました。

「学校から俺にスカウトが来たみたいだ」

「いったい何があったんですか?」

「どうやらフォーマを完成させたことを評価されたようだ。『フォーマの使用行為自体の是非に関係なく、その実力を生かしてほしい』とのことらしい」

「すごいじゃないですか!」

「だが断った。フォーマは俺の過ちであることには変わりはない。それに、マーチと一緒にいられる時間が減るのはごめんだからな」

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ビリーブ・アップデート 向日葵 のぞみ @himawari-nozomi

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