第3話 彼の本心

 次の日の昼下がり、自信満々な顔をしてバルネラさんがやってきました。

「昨日の実験、マーチとマルーの力が合わさったことで意外な成果が見られた。あと少しで究極の呪文の完成だ」

「お、おめでとうございます……」

 光魔法ですらかなわない彼の笑顔とは裏腹に、私はずっと悩んでいました。マルーさんの発言、どうしても忘れられません。バルネラさんの努力はとてもカッコイイですが、それを素直に肯定できず疑ってしまう自分がいます。バルネラさんは何も悪いことをしていない、むしろすごい人と私の中で言い聞かせ続けても心に光がさすことはありませんでした。

「どうした、マーチ。顔が明るくないようだが」

 ですが、こんなことを直接言ってしまったら彼自身が傷つきますよね……

「いいえ、気のせいではないでしょうか」

「なら良いのだが。そうだ、これを見せてやろう」

 バルネラさんが取り出したのは草原のような緑色の液体が入った小さなビンでした。

「昨日の実験をもとに最後の調合をしていたのだ。材料を加熱しながら混ぜ、このビンに入れて反応を待つ。中の液体が緑色から透明な水色になれば完成だ」

「それは、何に使うのですか?」

「究極の呪文の発動時に必要な薬となるのだ。行使には大きな力が必要になるからな」

 そうでした、あくまでも目的は究極の呪文。ならばその呪文の内容をそれとなく聞けばバルネラさんの考えていることがわかるのでは?

「そういえば、究極の呪文って何ですか?」

「悪かった、言っていなかったな。究極の呪文、それは『フォーマ』という創作呪文だ」

「名前だけ聞いても何が何だかよくわかりませんよ」

「この呪文は我々学生レベルをも超え、もし成功すれば世の中が大きく変わるのだ。そして俺も含め全員が幸せに暮らせる世界への第一歩となる」

 それは、すごそうです。全員が幸せに暮らせる世界への第一歩、私の信念に近しいものを感じます。ですが、大切なことが聞けていません。

「素敵ですね。具体的にはどんなことが起こる呪文なのですか?」

 そう聞くと、待ってましたと言わんばかりにバルネラさんは言いました。

「この国全域の人間の心を消す。考えていることが素直に口に出るようになるのだ」

 心を、消す……それって、世界を全く別物に変えることじゃないですか。魔術師倫理の授業で聞いたことがありますが、世界を魔法で無理やり変えるのは我々魔法使いの禁忌なんです。

 私、そんなことに加担させられていたのですか……

 自信満々のバルネラさんとは対照的に、私は絶望していました。先ほどまでとは全く違う意味で。怒り・悲しみ・憎しみ、どれにも当てはまらないような暗い感情が魔力のように体に回ってきます。

「私はそのようなことを見過ごせません。なぜそんなことをするのですか」

「いきなりどうした。俺は何も変なことを言っていないだろう」

「十分変なことです。いきなり世界を滅ぼさないでください」

「世界を滅ぼすとは一言も言っていないではないか。むしろこれでより良くなるのがなぜわからない」

「わからないものはどうしてもわかりません。早く私を裏切った意図を話してください」

「マーチとは気が合いそうだと思ったものなのだがな、仕方がない。話してやろう」

「私のほうが裏切ったみたいな言い方をしないでください。イライラしてきます」

「実際その通りだろう。……話を始めるぞ。端的に話そう。俺は欺かれ、笑われてきた。それだけだ」

「言いたいことが全くわかりません。もう少し詳しくどうぞ」

「では詳しく話してやろう。俺は山奥の出身だというのは話しただろ?」

「昨日の実験をした山奥が実家の近く。それがどうかしましたか」

「都市部に出たのはここ数年の出来事なのだが、俺の都市への期待に付け込まれ、散々な目にあった」

「……続けてください」

「家族以外の人間とは初めてであったので、何を考えているのか全くわからなかった。そこを都市の人々に狙われたのだ」

「具体的に何があったのですか」

「引っ越し先の近所の人に俺が自信たっぷりの実験レポートを見せてあげたら『なかなかすごいじゃん。これなら大賢者も現実的だね』と言われたのだが、その晩『何がレポートだ。この魔法使いモドキめ』と言っているのが聞こえたり……」

「はいストップ。本音と建前の典型的な例じゃないですか。いちいち文句をつけるところですか?」

「そうだ。世の中にはこのような事がたくさんありすぎる。一つ一つ消耗させられていたらそれこそ心がいくつあっても足りない。なので思い切って嘘をつくことができない世界にするのだ」

「それってただの八つ当たりですよね。世間から見たらただの逆ギレですよ。恥ずかしくないのですか?」

「恥ずかしいわけがない。俺は一切間違っていないのだからな。ほかにも同じことで困っている人など沢山いるだろう。幸運にも俺には幼いころ身に研究で身に着けた魔法の知識がある。ここで俺がその力を社会に還元することで、世の中がもっと良くなるのだ」

「良くなるわけがないじゃないですか。何を考えているんですか?」

「強いていうのなら……世の中は嘘と騙し、はったりで出来ているということだろうか」

「ただの被害妄想じゃないですか!」

「何もおかしな事は言っていないと思うのだがな。どうして理解されぬのだ」

「理解できる人たちのほうがおかしいです。こんなことは今すぐやめて今すぐ謝罪してください」

「謝罪などできぬ。嘘をついた都市の人々が悪いのだ」

「そうですか、残念です。誰も傷つかないのがいいとか言った私がバカでした」

「この呪文も誰も傷つかない世界の第一歩だと思うのだが」

「もう勝手にすれば良いのではないですか?」

 怒りに乗って発したその声を受けたバルネラさんは、口角を上げて言いました。

「そうか。ではお言葉に甘えよう。ちょうど薬の調合も完了したようだ」

 あ……もしかして私、やっちゃいました?

「その前にマーチ、お前を処理しておこう。スプボ」

「な、何をするんですk……」

 言葉を発し終える前に大量の光の玉で私は地面に叩きつけられました。

「これでもう邪魔はできないであろう」

 いや、もともと邪魔するつもりはないんです。この声はもう届かないのかもしれませんが。

「では薬を飲み、深呼吸だ」

 私は地面に押し付けられたまま、バルネラさんはビンを取り出し一気に飲みました。

「マーチならわかってくれると思ったのだが、本当に残念だ」

 まさかマルーさんの言う通り、本当にバルネラさんが悪人だったとは……

「究極の呪文よ、この国の改革者となれ」

 最後までバルネラさんのことをカッコイイと信じていたかったです……

「あらゆる心を撲滅し、世界の平和へと導け」

 本当に、信じていたかったです……バル……ネラ……さん……

「フォーマ」

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