第2話 隠された実験室

 数日後、朝イチから私は寮の中をさまよっていました。

「マーチへ、次の休日に実験をする。俺の部屋に来てくれ」

 そう書かれた手紙を持ち自室を飛び出たはいいものの、肝心の部屋の場所がわかりません。今日はもうダメかと思っていたその時、背後から声をかけられました。

「おい、マーチ」

「あっ、バルネラさん」

「そこは俺の部屋でもマーチの部屋の近くでもないだろ。どうしてここにいるんだ」

「いや、手紙に場所が書いていなかったもので……」

「言っていなかったか。俺の部屋は少々特殊なのだ、ついてこい」

 そう言って私たちは反対方向に向かって歩いていきました。

「でも、どうして私の居場所がわかったのですか?」

「探索魔法を使っただけだ」

「探索魔法でしたか。でもこの寮は広いですよ、結構難しいのではないですか?」

「俺の実力を忘れたか?」

「あっ」

 そうでした。バルネラさんは学内主席の人だったのでした。噂によると座学・実技の両方とも一位の、完璧な人なのだとか。でも、私はそんな彼の決定的な弱点を知ってしまいました。とてつもなく煽りに弱く、煽られると初級魔法でも失敗してしまう。私は人が傷つくのを放ってはおけません。なので協力しているのです。

「……到着したぞ」

「え? ここ、中庭ですよ?」

「ここに自室への入り口を隠しているのだ。ここに魔力を注いでみろ」

 そう言われて中庭の中央にある噴水に意識を集中させ、力を押し込むような感じで魔力を注ぎ……あ、確かに手ごたえを感じます。すると噴水の水が少しずつ止まっていき、水が抜けた噴水の底に魔法陣が現れました。

「この転移魔方陣が俺の隠し部屋につながっている」

「隠し部屋?」

「それは後で説明する。乗れ」


 そうしてたどり着いたのは、部屋というよりは山奥のような、そんな場所でした。

「さっきの転移魔方陣は、実家の離れ小屋につながっているのだ。ここを俺は隠し部屋と呼んでいる」

「山奥に住んでいたんですね。都市部にあるインテ魔法学校とは大違いです」

「まぁな。定期的に帰りたくなるからこっそりと通路を隠しておいたのだ」

「しかも謎の実験装置みたいなものがたくさんあります」

 液体の入れ物と棒がひものようなものでつながっている装置や、魔法陣を上面に描いた謎の立方体のようなもの等、不思議なものがたくさんあります。すべてバルネラさんが作ったのでしょうか。何に使うのかはわかりませんがかなりの実力者であることがわかります。

「そうだ、今回はこの装置で実験をしたい」

 そう言って持ってきたのは赤・黄・青の三つの大きな人形と小さな直方体でした。

「何ですか? これは」

「単純に言うと、赤と黄それぞれの人形に入力された魔法をこの直方体で一つにまとめ、青の人形に出力する……のだが、この表現でマーチはわかるか?」

 入力? 出力? まとめる? 何のことだか私にはさっぱりです。

「ちょっと、わからりません」

「ではもう少し丁寧に説明しよう。例えば赤に氷魔法、黄に炎魔法を放つ。すると青の人形は水で濡れる、といった具合だ」

「氷魔法が炎魔法で溶けて水攻撃になる、といったイメージですか?」

「大体は正しい。ただし決定的に違う点として、この装置はどのような二種類の魔法でも混ぜることができる。なので様々な組み合わせを試し、私が求めている結果になる組み合わせを探すのだ」

 朝の青空の下で自信満々に語るバルネラさん。二つの魔法を混ぜる装置ですか。確かに全く無関係の魔法を混ぜるとどうなるかは結構気になりますね。

「なるほど、それで何を求めているのですか?」

「人形の頭部のみが冷える、という反応を起こしたい」

「なるほどです」

「そして、マーチの創作呪文にはこの反応に近しいものを引き起こす成分が含まれているというのがわかっているのだ」

 成分とか言われましてもあまりよくわからりませんが、なので私を求めていたのですね。

「なので片方の人形にはマーチの創作呪文を、もう片方に様々な呪文を放ち、頭部のみが冷える組み合わせを探るのだ」

「わかりました。内容も理解できたので準備万端です、早速始めますか?」

「わかった、始めよう」


「よし、昼休憩だ」

「疲れましたぁー」

 正直な話、永遠と魔法を打ち続けただけでした。疲れたら適時休憩はとるけど、基本的にはバルネラさんの言う通りに等間隔で呪文を唱え続け、バルネラさんが魔法を放ち、青い人形の反応を記録する。ただただそれだけです。よく昼まで持ちました。ですが望んでいた反応――頭部のみが冷える、ということは一度もありませんでした。

「いきなり実験につき合わせた俺も悪い。先に休んでおけ」

「お言葉に甘えさせてもらいます」

 そう言って近くの地面に腰掛け、持ち込んでいた弁当を開けます。あらかじめ仕込んでおいた冷凍魔方陣を解除して、魔力を適当に注いであたためます。弁当の冷凍・あたためも自動でやってくれる魔道具が主流ですが、私は生活費の節約のため弁当作りもあたためも自分でやっています。そういえばあの二つの魔法を混ぜる実験装置もそういった魔道具が主流だったりするのでしょうか。

 ……ん? 弁当をあたためながら眺めていると、バルネラさんが例の実験道具を分解しはじめました。小さい直方体の表面をめくり、じっくり眺め、何かを記録しています。

「爆発か。炎攻撃はマーチの魔法を相殺してしまって効果を引き出せていないのだろうか」

「風魔法、決して相性が良いわけではないのだが混ざりは悪くなさそうなのだよな」

「局所的に傷跡ができたこの二つの案、良い感じに活かせないものか」

 そうやら真面目に考察しているようです。様々な魔法を試してきたつもりですが、まだまだあきらめていないようですね。究極の呪文の完成、それがバルネラさんの目的だったはず。なぜそれを目指しているのかは私にはわかりませんが、きっと成功したらとてもうれしくて笑っちゃうはず。私、なぜだかその笑顔が見たくなってきました。そんなことを考えていたら、自然に元気になってきました。昼からの実験も頑張っていこうかなと思います。


 そんなことを思っていたのもつかの間、やっぱり実験は大変で気が付けば夕日が赤くなっていました。「今日は実験成功しませんでしたね……」

 バルネラさんの役に立てなかったのが少し悲しい、そう思いながら言いましたが、

「いや、マーチのおかげでかなり進捗した。目的の反応を見せる日も近いだろう」

と本人はポジティブなようです。初めて会ったときには想像もできなかった笑顔を見せてくれて、なんだか少しうれしかったです。

「夜も近いし、私たちの本当の寮に帰りませんか?」

「そうだな。では転移魔法陣のところへ……」

「マルーはお前を止めるんだぜー!」

 また来ました。あれはバルネラさんをひたすら煽っていたマルーさんですね。

「また来たのですか。私は人をからかい、心を傷つけるあなたのことが許せません。あ、トデプア」

「マーチ、創作魔法助かるぞ。それはそうとマルー、人の邪魔をするんじゃない」

「げ、元気で高圧的なんだぜー。だがしかし、お前のやってることのほうが間違ってるんだぜー」

「な、なにを言う!? 俺の究極呪文は将来この国を揺るがす重要な研究だ。邪魔はさせない」

「マーチの助けを得られたのは良かったんだぜ。だが、少しは考え直したほうがいいぜ」

「そんなことはない。本気の攻撃を受けたくなければさっさと帰るのだな」

「マルーは警告したんだぜ。人を巻き込むななんだぜ。今日は怖いから帰るんだぜー」

 そんな言葉を残しながらマルーさんは転移魔方陣に乗って消えていきましたが、バルネラさんを否定する言葉が少し気になってしまいました。一方的に煽っているだけなのに、マルーさんの言っていることも正しく感じてしまいます。……煽る人はそうやって心の闇に付け込んできています。これ以上気にするのはやめにましょう。

「バルネラさん、帰りませんか?」

「待ってくれ。この人形を見ろ」

 そう言って持ってきたのは実験に使っていた青い人形でした。

「実験に使っていたものですよね。それがどうかしましたか?」

「少し触ってみてくれ」

 人形の頭に手を触れるとなぜだか心が落ち着くような、そんな冷たさを感じました。もしかしてと思い人形の少し下の部分を触ってみると、特に変化は見られません。人形の頭部だけが冷える、これって……

「実験成功ですね!」

「あぁ。どうやらマルーのからかいにマーチの呪文が反応したようだ。思ったよりも一気に研究が進んだ。ありがとう」

「は、はい」

 嬉しそうなバルネラさんとは対照的に私は引っ掛かります。マルーさんが言っていたようにバルネラさんがもし私の力を間違ったことに利用しようとしてるのなら、私はどうしたら良いのでしょうか。

「何をボーっとしている。帰るぞ」

「あ、はい。すみません」

 もし本当にあれだけ頑張っているバルネラさんに裏切られているとしたら……

 気が付いたら空は静かで真っ黒でした。

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