第32話
「お母様、あれは……」
「関わっては駄目よ、あきくんとは違うの」
何度、その言葉を聞いただろうか。
「お前を産んでもらう気はなかったんだ。あの女、勝手に産みやがって」
「どこの誰が母親かもわからんようなお前を、家に置いているだけありがたいと思わんか!」
俺は所謂、婚外子だ。
「今日は外食にでも行こうってお父さんが」
「ほんとに!?」
「大人四人、子供一人の予約で。はい、お願いします」
俺はいつも、居ないもの扱いだった。
バシャッ!
「俺、浄化師になるんだってぇ。手始めにお前のこと浄化してやるよぉ」
父親は結婚前、たくさんの女と遊んだらしい。母親はというと俺を産んだあと、自分の化粧に使っていたのかそれは知らないが、
小学生になる頃には、俺は感情を閉ざし、ありとあらゆるものとの関わりを断っていた。そうすれば
加えて俺は、浄化術の発現が遅かった。浄化師には能力の発現期があり、その間に能力に目覚めなければ、その後は見込めない。しかし俺はその期間に覚醒しなかった。創現浄術はおろか、浄化師の家に生まれたにもかかわらず、何一つ浄化術を持っていないと思われていた。
しかし転機は突如として訪れる。
「あれはもしかして」
「でもまさか、そんなわけ」
「だがもしそうだとしたら? 期待以外の何物でもないんだぞ、少々癪には障るが」
「忌み子だ……異端児だ」
そんな言葉の一つや二つ、増えても別に変わらない。しかし俺は長い縁側の雑巾がけをしている時、引っかかることを聞いた。
「あの紅はもしや、あの女がわかっていて持たせたのではあるまいな?」
「言ったのか
「まさか! それに言ってもわかんねぇだろうよ」
(紅……)
咄嗟に「これは隠さなくてはいけない」と悟った。今やこれしか残っていない母親との繋がりを奪われてたまるかと、ささやかな反抗心を覚えた。
「この子がそうか?」
「ええ。弟子入りの件、お引き受けいただきありがとうございます」
そのとき俺は小学二年生。
(本格的に要らなくなったんだな)
と、河内家とはつくりの違う家を眺める。
「はじめまして。俺、久々宮清仁っていうんだけど、君は?」
(君は……?)
「河内、冬青」
「よし冬青。おいで、中を見せてあげよう」
(おいで……)
その日から清仁さんの弟子になった俺が創現浄術に目覚めるまで、意外と時間はかからなかった。
はじめのうちこそ、
「本当に冬みたいに冷たい子」
と言われていたらしいが、清仁さんがそれを許さなかったらしい。流石、現家守の弟は違う。
そのうち家であったことをぽつりぽつりと話すようになった。それを聞いても清仁さんは顔色一つ変えなかったが、今考えてみると相当怒っている様子だったように思う。長い時間をかけて心を開いていった俺は、ようやく中学校に上がった。近畿校の中等部に入学することになると、清仁さんは外食に連れて行ってくれた。
「どこ行く? 何食べたい?」
「……回転寿司、行ってみたい」
寿司を好きになったのは、この日からだった。
それだけでもじゅうぶん嬉しかったのに、入学祝いまでくれた。耐衝撃、防塵、防水の腕時計。高かったと思う。
入学式の日。親族の席には特別に、清仁さんが出てくれた。特任教師になったのも、この年だった。
「近畿校で浄化師をやる上で、言っておきたいことが二つある」
そう切り出した清仁さん。ひとつは、学校では名字で呼ぶことだった。
「変に思われたら嫌だろ? それからもう一つ」
すっと真剣な顔になったのを見て、喉がこくりと鳴った。
「入学したからには、俺がずっとついているわけにはいかない。俺と仕事にも行ったことがあるから、すぐに階級は上に上がるだろう。でも」
あの言葉は、このときもらったものだった。
「自分は大事にしろよ。自分と、自分を大事にしてくれる人は大事にしろ。もう独りじゃないんだから、な?」
独りじゃない、独りじゃない、一人じゃない……ひとりじゃ、ない……
徐々に意識が現実へと引き戻されていく。
「……思い出した」
何もかも、すべて。
「まさか! それに言ってもわかんねぇだろうよ」
「浄化術『
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