第31話(1)

 ぼたぼたと黒いものが地面に落ちた。


「もう穢澱量産ステーションはいらんで、勘弁してや」

 浅田も口では軽快に振る舞っているが、態度が追いついていない。


「同感」


(どうする。あの音が鳴ったからには先生に連絡が行っているはず。どうすれば時間を……)


 しかしどう考えを巡らせても、結局「やるしかない」との考えに至る。


「撤退は無しやろ。わかってる」

「無しがいいってだけだ」


 そのまま穢れを見据えていると、違和感を感じた。


(色がまた明るくなってねぇか?)

 落下した黒いものは、シュウと音を立てて崩れて消えていく。


(まさか……!)


「御月っ! 聞こえるか!?」

「冬! 浅田君も!」

 穢澱の中から声がする。


「意識戻ったんか!? 良かった!」

「ごめんなさい、みんなに攻撃してたなんて知らなくて、しずは――」


 完全に乗っ取られてたってことか。


「大丈夫だ。戻ってこれそうか?」

「こっちも今、浄化してる途中で……」


 またぼたっと黒いものが地面に落ち、蒸発するように消えていく。


「こっちもやるで」

「ああ、斬撃の威力が減ってる。やるなら今だ」


 浅田の《疾風》、俺の《撃・ノナ》が同時に発動する。覚前の《佑く》の効果時間はあと二分少しといったところ。早めに決着をつけられるならつけたい。



「次から次にキリがない……!」


 どれだけ斬っても、斬られたそばから新たな穢れが湧いてくる。もう10体は倒しただろう。


(いつまで――)


「あと一分無いぞ」

「やばいな。覚前は?」

「無理だ。なんとか粘るしかない」


(一分……?)


 ふと一秒、いや一瞬、手が止まった。そのとき流れ込んできた映像に、私は息が止まる思いだった。コマ送りなどカクついた映像ではなく、滑らかな映像。今まで《未だ来》で見ていたより先の未来。


 冬、しず、浅田君がグラウンドに倒れ、身動き一つしない。その体の下には血の海が広がり、先輩も怪我を負って肩で息をしている。


(嘘……これは変えられないの? 私は初めてできた友達を、こんなところで失うの!?)


「絶対嫌!」


 一瞬の硬直が解け、刀を振り抜こうとした。

 しかし、既に遅かった。


「まっ――うっ……!」


 何本もの黒い腕が伸びてきて、私の首を掴む。まるで体の主を殺して、乗っ取ってしまおうと言うかのように。


(苦し、い――どう、すれば……)


 酸素が回らなくなってきて、刀を持つ手に震えがくる。握り直したいのに、振り上げたいのに、力はどんどん抜けていく。


 家事を完璧にこなせず物置に一日中閉じ込められたときも、アルバイトで満足な稼ぎが無かったときも、大事にしていたピアスを捨てられたときも、今も、こんなとき頭に浮かぶのは、自分に対する恨みだけ。



(結局私は、何もできないんだ。何も、一生)

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