第30話

「3、2、1……」

「今!」


 さっきから連携が更に取れて、どす黒い色から灰色あたりまで回復している。


(いける……いける!)

 頼むから、もとに戻ってくれ。ただその一心だった。


 しかしそのとき、


「わたしニは、帰りたイところがあるノっ――――!!」


 爆発するように、一気に力が放出される。


「やばっ、浅田っ!」

「わっ! きゃぁああー!」

「覚前!?」

 体重の軽い覚前の声が後ろへ遠ざかる。まずいと思ったときには遅かった。


「おい浅田! 大丈夫か!」


 土煙がたって、視界が悪い。方向もわからないまま大きな声をあげるも、浅田の浄化術で煙が吹き飛んだ。咄嗟に目を覆う。


「河内! お前も大丈夫か!?」

「これは今のお前の吹き飛ばしたのが目に入らないように。怪我は?」

「なんとか耐えたって感じやな。って覚前は!?」


 ばっと後ろを振り向くと、グラウンドにうつ伏せに倒れる小柄な姿が見えた。


「覚前!」

「だい……じょぶ……」

 ぐっと親指を立てる覚前。


「あと、3分……頑張ってや……」




(いや……嫌……! 私は帰らない……!)


「しっかりしてください、御月さん!」


 樹月さんの声が聞こえる。はっと顔を上げると、樹月さんが私の目の前にしゃがみこんでいた。


「ああもう、そんなに泣き腫らして」


 私の顔を見て、手が伸びてくる。自らを守るようにぎゅっと膝を抱えると、頭に手が触れた。叩かれるでも殴られるでもなく、優しく撫でてくれる樹月さんに、また視界が歪んでいく。


「貴方はよく耐えた。もういいんですよ、自分の人生を歩んでも」


(私はどこへ行っても、いらない子だったのかもしれない。家を出ても、名前からは逃れられない)


 その考えが頭を支配して、胸が苦しい。


「見えますか?」


 おもむろに樹月さんが空間を手で拭う。ちょうど結露を手で拭き取るようにして現れたのは、外の様子だった。


「これは――!」


 倒れたしず、怪我をした浅田君、万策尽きたという表情を浮かべる冬。


(私がやったの? なんで、どうして!?)


 みんななら、わからないはずがないと思っていた。これから何があっても、絶対に傷つけることはないと。


「思いが強すぎたんです。帰りたくない、その一心で周りが見えなくなっていたんでしょう」

「そんなっ……」


「今、御月さんの周りには穢れがまとわりついた状態になっています。その穢れをなんとか引き剥がすんです」

「引き剥がすってそんなこと、できるんですか?」

「私の呼びかけに反応してくれてよかった。自我が戻れば抗える」


 しかしもとに戻ったとき、私はどんな顔をしてみんなに会えばいいのだろう。


「あの子たちは貴方をもとに戻そうと尽力してくれています。四人もいれば大丈夫ですよ、ちゃんと浄化できる」


「……やってみるしかない」

「そうですよ。何もかも挑戦です」


 にこりと笑った樹月さんは、涙を拭いているうちに居なくなってしまったようだ。


 決心した私は、はじめて心の底から明確に、煮えたぎるような、燃え盛るような怒りを覚えた。《未だ来》を使うと、周りから穢れが次々湧いてくるのが見えた。


 刀を抜く。


「私の体は、返してもらう」

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