第23話

「川上から各班へ。京都タワー周辺目撃情報無し。以上」


 にしても京都駅はすごい人の量だ。この量の人が行き来するのに、怪しい人物を見た人はいないのだろうか。


「有馬から各班。八条口付近目撃情報無し。近鉄を当たります」

「八条口も居らへんって」

 七先輩が私の手のひらにマーブルチョコレートを出しながらため息をつく。


「ありがとうございます」

「食べたこと無いんやろ? 口におおたらええけど」


(京都タワー周辺も、八条口周辺もいないということは、そもそも駅から出ていない? でももう電車に乗って他のところまで行っちゃった可能性もある)


 七先輩が穢澱の黒い気配を感じ取ろうと目を閉じていると、ふとある考えが浮かんだ。

 これだけ人がいて、どうしてその目に引っかからないのか、そればかり考えていた。


「木を隠すなら森、ってこと……?」

「どうしたん?」


「いえ、その……なんでこんなに目撃者がいないのかなって思ったんです。人に紛れて見えてないだけなのかもしれないなって思って」


「あり得るなそれは。人を見たほうがええか。京都タワーの方にも、八条口の方にもおらんってことは、電車ん乗ってここにはおらんか、まだおるかの二択」


 七先輩は私の言葉を聞いて素早く伝達を済ませると、はっとしたように言った。

「ごめん! エイミーが言うた方が良かったな」

「いえ、あの、あの人……」


 そんな事は正直気にもしていなかった。


 JRの改札の向こうとこちら。

 まっすぐ視線を向けた先には、着物から黒い液体が滴る男が一人。


 その男は私を見て、薄く笑っていた。


「早速やな。十中八九あいつやろ」

「だと思うんですけど、目が……」


 逃げられると思ったときには遅く、瞬きの間にその男は消えていた。

「マジかっ……! 行くで!」


 学生証を見せて改札を素通りすると、ポタポタと滴り落ちる黒い液体を追って、人を縫うように追いかける。私たちから見て左手に跡が続いていて、その先にはさっき見失った男がいる。


 しかし男が向かった先は、嵯峨野線のプラットフォームだった。階段を駆け下りるが間に合わず、男は人の波の中に消えていってしまった。


「まずい、これは」

「追えません……」

「相変わらずの人混みやなほんまに!?」


 頭をぐしゃっと掻いて七先輩が呆れたように言った。

 階段を登り切ると、逃がした旨の伝達をしている七先輩の横で、何か不均衡なものを感じ取った。それはどことなく私と親和性がありそうで、目を細めて警戒する。


 しかし襲ってくる気配はなく、この違和感に引き寄せられるように、事件現場の横を通り過ぎる。


「……以上。エイミー?」


 ミュートにした七先輩は、何がなんだかわからない様子で後ろをついてくる。

 そして私は事件現場のすぐ近くに、違和感の正体を認めた。


(これは何……? 時間が無理矢理歪まされたような……)

 そっとそれに触れると、歪みがするすると解けていき、違和感は消えた。


「どうしたんや?」

「あ、えっと……」

 今感じ取ったことを正直に話すと、七先輩は眉を寄せた。


「なんやろそれ……」

「心当たりありませんか?」

「無いなあ。もちろん私が知らんだけであったんかもしれんけど」


 あの似ているような感じは、ただ同じように時間に干渉できるからなのだろうか。


 それとも――

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