第21話
冬は覚悟を決めた顔をしていた。
「御月がやるって言ってんだ。俺にやらないって選択肢は無い」
笑って拳を突き出す冬に、私も拳を握る。二人で突き合わせると、私は息を吸った。
(できる、できるよ。私にはできる)
たんっと地面を蹴って走り出すと、鋭い爪が幾つも襲ってくるのが見える。
左、左、右、前、後ろ。
カウントがズレると命取りだ。しかし、映像のリズムと攻撃の方向さえ覚えておけば、映像が途切れてから現実の動きが始まる。まさに、再生ボタンを押したかのように。
それを私は、今の戦いの中で体に叩き込んでいた。
避ける、避ける、避ける、斬る、避ける。
(上から来る!)
常に見上げる体勢だったからか、上からの攻撃も見ることができた。一旦足を止めようとするが、白い弾丸が何発も穢れの足に着弾する。冬だ。
「見づらい上は気にするな。進め!」
もう一度足に力を込め直し、一歩、また一歩と着実に距離が縮まっていく。幾度となく攻撃を躱しているが、しずがかけていた穢れの行動制限が切れかかっているのか、リズムが速くなっている。
(いけない――!)
見えたのは、私の目の前から爪が突き刺してくる映像だった。短い映像。避けられる速さではない。
でも、
(動け……!!)
頭の上から刀を振り下ろした、そのとき。
がくん、と伸びかけた爪が力なく地面に先をつけた。
「覚前!」
「全力で、押さえるっ!」
一気に穢れの行動が遅くなった。同時に、冬の《斬》が上から襲ってくる爪に迎撃され、絡め取られるのが視界の端にうつった。
(ありがとう、しず。助かったよ)
出力最大。
「空ニ弓張リ、桜樹ヲ夢ム」
《玉鉤》
白い半円が校庭いっぱいに広がって、風圧で飛んでいきそうになる。
「ちょ、やばい飛ぶ!」
ふわりと浮いた覚前をなんとか引き戻し、地面に伏せる。風が去った後、どさっという音がした。
「御月っ!」
「エイミーっ!」
目の前に倒れ込む御月から、浄化力は感じられない。脈を確認すると、一定の間隔で刻まれている。落ちた高度はそれほど高くないようだ。外傷は階級が変動したときに負ったものだけ。あって脳震盪だろう。
むくり……
「う、動いて……」
穢れの切り離された本体が体を起こし、足をびくびくと地面に打ち付けている。
「無理やってそれはっ……」
覚前が、絶望の表情を滲ませる。しかし、
「いや、終わりだ」
御月を覚前に預けて立ち上がると、手の平を上にして伸ばす。
「馬鹿正直に《斬》を取り込んでくれて助かったよ」
(お前が本気を出したんだ。初めて会ったときはあれだけ自信のなかったお前が。だから)
体に残る浄化力のすべてを注ぎ込む。
「創現浄術」
《
ぐっと手を握りしめると、穢れが爆発した。はじめの爆発に感化されたように次々と爆発が起こる。粉々になった穢れの破片が曇天に消えていった。
浄化力を使い切った俺は校庭に座り込んで、ほっと息を吐いた。
数日後。
「いやあ取り敢えずみんな生きてて何より」
「連盟にちゃんと言うといてやぁ。死にかけたんやで俺」
はぁとため息をつく浅田君。
あの後浅田君は渡辺先生の応急処置を受けながら救護班を待っていた。浄化力を持つ人の中には傷を治したり、痛みを和らげたりできる能力を持つ人もいるらしい。そういう人はまとめて救護班に入っているそうだ。
しずは戦いに戻ると言って、止める間もなく走っていったらしい。一番の軽症(ほぼ無傷)はしずだ。
冬の脇腹の傷は、仕事完了後に救護班に治してもらって塞がった。その後浄化力が完全に戻り切るまでには少し時間がかかったようだ。
私はと言うと浄化力を使い切って一瞬意識を無くしていた。車の中で目覚めた後は、頭痛とめまい、耳鳴りが止まず、脳震盪と診断された。今は浄化力ももとに戻って元気になっている。
「久々宮先生くらいやん、連盟に言えんの」
「わーかってるよ。俺も怒ってんだから」
大事な生徒に何してくれてんだと呟く久々宮先生を見て、私たちは顔を見合わせて笑いあった。多分それは全員、生還したことの嬉しさからだったと思う。
「ああ! 結局飯食べてへんやん!」
「お前……」
「死にかけといてよう言えんなそれ!」
しずのツッコミと冬の呆れた顔に、私はまたくすりと笑ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます