第15話

「そっち、何か変わったことあったか?」

「いや特に……冬は?」

「俺も進展無し。もう少し探してみよう」

「分かった」


 捜索を始めて10分だが、何も出てこず苦戦している。大抵の奴なら出てくるということは、もしかして大抵の奴じゃないってことかと考えるが、私はそもそも大抵の奴がどんな奴かも知らなかったと思い出した。


 そのとき。


 ズキッ


「痛っ……」

 頭に鋭い痛みが走り、眉間にシワが寄る。するとその直後、視界の端に背後から襲い掛かる黒いものが見えた。


(まずい――)


 咄嗟に刀を抜いて後ろに振り切ると、相手も反応して避けたようだ。とろりと受け流され、斬った感覚がしない。


(今見えたのは何? 後ろ向いてないのに)


 そんなことは今はどうでもいい。ボタンを押す。

「冬、これかな。わからないけど後ろから来てた」

「すぐ行く。どこだ」

「リハビリ三階の廊下」


 そう言うとミュートになった。私もボタンを押して刀を構え直す。刀と私の体は、一体となったように浄化力を帯びていく。


(あの手応えの無さは澱み? 前のは刀で斬り飛ばせたのに。澱みに対して剣術では弱いな……けれど)


「空ニ弓張リ、桜樹ヲ夢ム」

 《玉鉤ぎょっこう


 刀の柄を右手でしっかり握り、左手は支えるだけ。手が届かなくなったらそのまま右手で刀を振り抜く。事前に伝術書をきちんと読み込んで、シュミレーションもしておいて良かったと心のなかで呟いた。


「創現浄術《撃》」


 その声に少し、緊張が解けた。


「受け流されるから戦いづらくて」

「澱みの性質をよく引いているな。《シン》」


 あの日見た白く中和されていく様子は、これだったのかと理解した。ただし中和の速度が速い。


「これは澱みの方がよく効く。この前のは穢れだったからガードが堅くてなかなか厳しかった」


 このまま押し切ると冬が言ったそのとき、私の頭にまたあの痛みが襲った。しかし先程とは比べ物にならないくらいの痛みで目がくらむ。


「痛いっ――!」

「御月? 大丈夫か?!」


 冬が私に視線を向けたその直後、冬と私もろとも払いのけられて壁に激突するのが見えた。


「攻撃がくる!」

「な――」


 ぐっと冬のパーカーを引いた。二人でジャンプして退避すると、その場所を若干実体の残った澱みの手が振り払った。当たれば確実に壁にめり込むだろう。


(これは未来だ。私の未来を見てるんだ)


 響く鈍痛は未来を見るための通過儀礼か。

 その直後、あのときと同じように、口が勝手に何かを唱え始めていた。


「人智を超えた時の鳥籠、先に見えるは檻の外」


 冬は、はっと息をのんだようだった。《》と澱みを真っすぐに見て告げる。


 目で見ている映像がストップモーションのように動き出す。攻撃の起動が順番通りに再生されるかのようだ。


「《未だ来》が使えるのか!?」

 少し興奮気味に冬が言う。


「知ってるの?」

「知ってるも何も、栄明寺家は時渡人っていう、時間を操る能力を持ってるんだ」

「伝術書にも書いてあった……」


 そうか、七柱には能力が知れ渡ってるんだ。


「いきなり使えたのか?」

「そう、勝手に」

「コントロールは」

「まだちょっと難しいかも」

「きつくなったらすぐに切れ。無理は禁物だ」


 こくんと頷く。


「本体に当てたいな。《侵》を強みにかけるから斬ってくれるか」

「わかった」


 もう一度《浸》をかけた冬と澱みが、浄化力とそれを拒む力とで押し合いを始める。冬の浄化力の方が強いらしく、一気に黒かったものが薄い灰色にまで色落ちした。


「創現浄術《ザン》」


 白い鎌状の刃が私の横を通り過ぎる。冬が投げたようだ。私はそれに感化されて、本能的にその後を追って走り出していた。大きく踏み込んで、両手で握った刀を左から横一閃に振り切った。


「はっ!」


 手応えはあったのに、澱みは動かない。まだ倒しきれてないのではないかともう一度構え直すが、私の斬ったところの他に、冬の白い刃にも何ヶ所か斬られていたようだ。ずるりと断面がズレて崩れ落ちると、そのまま灰のようにほろりと消えていった。


「いいのが入ってたな」

「そう? よかった……」

 慎重に納刀すると、どっと疲れが押し寄せた。


「良い時間だな。疲れた? 昼、食べに行けるか?」

「ちょっと疲れたけど、お腹すいた」


 眉を寄せて笑うと、冬も笑った。

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