第12話

 数日後、私は冬と初仕事に行くことになった。


「栄明寺はまずいと思ったら冬に頼ること。冬は倒せる階級だから基本は頑張って。万が一階級が上がったとかでやばくなったらすぐ連絡する。オッケー?」


「わかりました」

「な、なんとかやってみます……」


「だぁいじょうぶ。前に冬とやってみてできたんだし。今日は授業免除だから、さっさと済ませて京都巡ってきなよ。初めてなんだろ?」

「はい」


 授業が合法的に無くなって、しかも京都の観光までできるなんて。さっきまで仕事が怖かったけれど、なんとか頑張れそうだ。


「んじゃ、いってらっしゃ〜い。気を付けなよ〜」


 バスと電車を乗り継いで、祇園四条という駅で降りた。その間、送られてきた仕事内容に目を通す。


 裏路地のようなところにあった古い病院を壊すらしい。その解体工事を行う会社の人が中に入ったあと、その人達が続々と体調不良になったそうだ。病院は比較的大きくてまだ何も取り壊していないので、安全に中に入れる。


「あの、この階級って欄にあるのって……」

「そういや説明するって言ってたな」


 浄化師、穢澱あいでんには共通の階級があり、同じ階級同士が戦うと互角になる。上から順にフジアキタメヨウロウゲンらしい。生徒手帳に階級が書いてあるよと言われて見てみると、私は要という階級らしい。


「今回の件は『為〜』って書いてあるから、基本は為なんだけど、もしかしたら階級上がるかもしれないってことだ」


「為より下だよ、私」

「俺が一応為なんだ。それで久々宮先生は俺に投げたんだと思う」

 こんなのは日常茶飯事だと肩をすくめる冬。


「そうだ、仕事の前に通り歩いてみるか?」

「え、いいの?」

「やっぱり。興味あっただろ?」


 こくんと頷くと、ははっと笑った冬は私を手招きして、店がズラッと並ぶ通りを流れに乗って歩き出す。私が店側を歩けるようにしてくれたので、和菓子、お土産、飲食店など次々と現れるお店に脚が自然と遅くなる。私はこの後仕事があることを、すっかり忘れてしまっていた。



「ここ、気になるのか」


 え、と小さく声を上げて我に返ると、意識せず足を止めてしまっていたようだ。木でできた落ち着いた内装の店には、たくさんのカウンターが並んでいて、その上にピアスがいくつも並んでいる。


 黙っている私を見て、冬が先に店に足を踏み出すと、私のパーカーの袖をくいくいと引いた。


「ほら」

 促されるまま店に入ると、小さな金属の飾りが照明を受けてきらきら輝いている。


(あ……)


 冬が振り返って私の顔を覗き込んで、不思議そうな顔をしている。

「……何かあったのか?」

「い、いや、その……」


 冬には家族がいないのだろうか。この前の入学式に、保護者ではなく久々宮先生が冬の隣にいた。東京から半家出状態の私に保護者の出席がないのは当たり前だが、冬にもいないのはそういうことなのだろうか。なら家族の話をして、嫌な思いをさせてしまわないだろうか。


「御月ってピアスホール開いてんだな。知らなかった。いつ開けたんだ?」


 言ってしまおう、と自分の中で悶々とする考えにけりをつける。


「妹が、ピアスをくれて……そのときに。でもそのピアスはもう……」

「もう……?」

「私の手元には無くて。両親に捨てられちゃったから」


 冬は何も言わずにいる。やっぱり言っちゃいけなかったかな。


「そうか。お前もなかなかの生活送ってたみたいだなって久々宮さんと話してたんだ」

「え?」


「俺は七柱ななはしらの河内家っていう代々浄化師の家に生まれたんだけどさ、5歳で家から追い出されて。なんでか理由ははっきり覚えてないけど」


 淡々と語るその口調はもう、未練などないと告げているかのようだった。


「久々宮さんに引き取られて、それからは久々宮さんが親代わりだったから、本当の家族がどんなだったかなんて記憶が曖昧でさ」


 あれ、なんで俺この話できてんだろと笑う冬。


「久々宮さんが言ってた、似た者同士だから色々話できると思うよっていうのはこのことか」


 そうか冬も、自分では覚えていなくても、辛い思いをしてきたんだ。


「……妹はまだ家にいる。家っていうか、雲林院家ってとことくっついたみたいなんだけど」

「雲林院も七柱の一つだな。というか栄明寺も七柱の一つだ」


 え、と目を丸くする私に、知らなかったのかと冬も驚いたようだった。私が栄明寺を名乗って浄化師をするので、くっついたとはいえど栄明寺家はまだ一応潰れていないそうだ。


「両親から過度に期待されて育ってきた妹に――何もしてあげられなかったなって」

「また会えるよ、浄化師やってるんだろ?」

「うん」

「その思いはいつか届く。妹もわかってんだろ、たぶん。そんな気がする」


 勘だけどと付け加えた冬は、もうすでにピアスを眺めている。冬も大きな何かを抱えて生きてるんだと、その横顔を見ながら改めて思った。

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