第11話

「入学おめでと〜う!」


 桜はもう既に葉桜になりかかっている。式典の後お手洗いから帰ってくると、グラウンドでぽつりぽつりと人がかたまっていた。


「まあ、俺らは変わりませんけど」

「そんなこと言わない。明日からはまた勉強と仕事なんだから」

 平坦な表情を変えない冬を、久々宮先生がたしなめる。本当の親子みたいだ。


「あの、浅田君のお母さんですか?」

「あ! そうそう、浅田美佳あさだみかです。新しく入学した子やんな〜?」

「はい。栄明寺御月です」

「うちの子よろしくね。元気だけはいい子やから」

「いえその私、こっちのことまだあまり知らないので逆にお世話になってしまうかと……」


「そんなそんな気にせんでも荷物持ちとかに使ってやって。あと、なんか困ったことあればいつでも言い? 私でなんとかなるんやったら相談でも何でも乗るし」

「あ、ありがとうございます……!」


 自分の子じゃない私に、ここまで気を使われることなんて初めてでびっくりしたが、素直に感謝を伝えておいた。連絡先も交換する。


「エイミー、ちょっといい〜?」


 しずに呼ばれて歩いていくと、しずによく似た大人の女性が横にいた。頭にはてなマークが浮かぶ。


「どうも〜。沈香の母の覚前芳子かくぜんよしこです。娘をよろしゅうね」

「はじめまして。栄明寺御月です。こちらこそよろしくお願いします」

「沈香、同い年の女の子は小学校以来やから、だいぶ興奮して電話してきてなあ」

「お母さん?」

 静かな声でお母さんを牽制するしず。


「お母さん、関東校で先生やってんねん。関東校はもっと入学者いるみたい」

(関東校……鈴華が通う学校かな)


 関東校に双子の妹がいると思うんですけど、と言おうとして辞めた。


(今更、ね……)


「今日はこの後何もないやろ? 夜、一年連れてご飯でも行こか。馨香きょうかに連絡入れといて、行きたい言うたら誘ったらええんやし」

「おっけー。エイミー予定入れといてや」

「う、うん」

「はーくんとはーくんのお母さぁ〜ん!」


 しずの行動力はお母さん譲りだったのか。というか、なぜ私が数に入っているのだろうか。今日挨拶したばかりなのに。


「はーくん今日の夜空いてる? 一年でご飯行けへんかなって」

「空いてます空いてます」

「馨香は友達と食べる約束あるって」

「了解。あとかわくんやね」

「俺呼んできます」


 浅田君が冬の方へ走っていく。

「ありがとう〜。美佳さんも一緒行きましょうよ」

「よっし財布の紐の緩めどきやで〜!」


 保護者二人が払う気満々のようだ。奢りは悪いと言ったのだが、「学生がお金なんて気にせえへんの」と押し切られてしまった。


「東京は明日戻って間に合うん?」

「大丈夫やろ。明後日やで、関東校の入学式」

「ならええか。お酒は程々にしとかなあかんで」


 しずはお母さんのお酒の蛇口を握っているらしい。



 久々宮さんのスーツ姿は見ていて飽きがこない。これは、久々宮さんの弟子になってから見てきている俺ですらそう思う。まるでスーツの売り場からそのまま飛び出してきたかのような出で立ちだからだ。


 まあ、和装には敵わないのだが。


(あれは……)


「清仁さ……」

「辞めろ。わかってる」


 久々宮さんの視線がすっと冷めた。前を通り過ぎながら平坦な声で言う。


「行ってくる。お前も後で入学の話は一応しておいて」

「わかりました」


(ったく……相変わらずだな)


「おーい、河内!」

「どうした?」

 ちらりと浅田の向こうへ視線を向けると、一年と一年の保護者が揃っている。


「夜、ご飯行こって。どう?」

「ああ、用事無いから行く。の前に、ちょっと挨拶があるんだが」

「おっけ。まあまだ夜まで時間あるし行くってこと伝えてくるわ」

「悪いな、頼んだ」



 冬に言われて隠し通せないことを確信し、早足で歩いていって兄とその妻の前に立った。


「何しに来たんだ? 久しぶりだな」

「冬青君の顔、見ようと思って。成長したな」

「なかなか連れて帰ってきてくれないから見に来たのよ」


(……はぁ)


 ため息を堪えてジャケットのポケットに手を突っ込む。

「そう。後で挨拶するように言ってあるから話はできると思うよ」


 じゃ、と言って踵を返した。これだから面倒なんだ。

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