第9話

「浄化師んなれば汚す、擦り切れる、くたるが原則やし取り敢えず量が要るんや。決して高うないけどええか?」

「はい。本当に何も持ってないのでその方がありがたいです」


 大きな店内に流れる軽快な音楽を聞きながら、部屋着や下着を含め、出掛けられる用意を緊急で揃える。どんな服が好きか聞かれたが、好みは自分でも分からないことを伝えると、服を次々と当てて試された。服を選ぶのってこれほど時間がかかるものなのか。


「お会計2万1550円です」

(これだけ買ったのに……)

 三万円で支払うと館内をそのままうろうろできるカートに乗せた。なかなかに重い。


箪笥たんすがわりのなんか、あったほうがいいですよね」

「確かにな。ホームセンターって上の階やっけ」

「ですね」

「そんなのも揃うんですか?」

「ここのショッピングモール何でも揃うからなあ。なんか欲しいもんあったら無いってことはないわ」


 しずがそう説明してくれる。レストランのバイトで慣れていると思っていたのだが、やはり館内は人でいっぱいだ。


(あ、あの人……)

 肩をほぐしながら歩く人。肩にどす黒いものが見える。


「見えても気にせんとき」

 隠岐先輩にくいっと腕を引かれる。


「今んところ体に不調が出てるくらいやろ。大丈夫や」

「あの、体調に出る人と出ない人って何が違うんですか?」

「精神力やな。自分で感情を抑え込むことができるかどうかの違い」


 またひとつ学んだ。

 エレベーターに乗って上の階へ上がると、目の前に眩しいほどの照明とともに、大きく開けたホームセンターが現れた。



「これは……男子呼ぼか?」

「か、先生に車出してもらうかです」

「そっちのがええか」


 そんなことで先生を呼んで良いのだろうか。と言っても、小さな本棚と卓上の照明、服を吊るハンガーまで買ってしまったからには頭を下げてお願いするしかない。


「あ、先生? 荷物やばいんやけど、車出してくれへん?」

 しずは二言三言交わして、はーいと言うと電話を切った。


「来てくれるみたいです」

「乗りますか、この量」

「乗せんねや」


 私の素朴な疑問に隠岐先輩がツッコむ。まあ最終手段、服は膝の上に乗せればいい。


 数分して渡辺先生が到着した。学校居ってよかったなあと笑われつつ積み込んでもらうと、案外すんなり収まった。


「さ、シートベルト締めや」



 帰ってくると、冬と浅田君の二人が駐車場で待っていた。しずが連絡を入れてくれたらしい。


「すいません先生。ありがとうございました」

「いやなんのなんの。ほなこれから仕事行ってくるし、学校案内したげや」

「ええ〜先生また仕事?」

アキの対応できる奴が出払っててなあ。これで一週間で三件目や」


 多いですねと隠岐先輩が返しているのを聞きながら、首を傾げる。

「あき?」

「俺ら浄化師と穢澱あいでん……穢れ、澱みの階級。詳しくは初仕事の最中にでも説明する」


 冬が本棚をひょいと持ち上げて車の荷台から荷物をすべて取ると、先生はその足で本当に仕事に行ってしまった。


「まじでぎりぎり間に合ったんやな。危なかった」

「久々宮先生は?」

「早朝仕事だったから今は仮眠中」

「起こせねー」


 眠りが深いんだよなと笑う浅田君は、プラスチックの衣装ケースを四つ器用に持ってくれている。結構お金を使ってしまった。でもこのためのお金だったんだしと自分に言い訳を聞かせる。


「昼食いました?」

「まだ。歩いたっちゃあ歩いたし、それなりに空いてはいるけどなぁ」


 朝の分がまだお腹に残っている私は、あまり食べられなさそうだ。

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