第5話

 キィェェエエ!!


「キリがねぇ……!」


 彼がジャンプして後退すると、枯山水の砂利が音を立てる。形勢は悪そうだ。

(私が動ければ……)


「ぐっ……!」


 縁側に出ようか出まいか、障子の隙間でうつむいている間に隙をつかれたのか、あの鋭い手が彼の首に伸びて、徐々に締め上げていく。腕を挟んで余裕をもたせているが、力は黒いドロドロの方が若干強いらしい。そのとき私と目が合った。


「御月っ!」

「へっ……?!」

「お前はどうしたい?!」


(どうしたい?)


「一生ここで暮らすか? それとも自由になるか?」


(どうなりたい……?)


「浄化師になりたいか? なりたくないか? もしならなくても、ここから出られるように久々宮さんも尽力してくれる」


 徐々に苦しそうな表情に変わっていく。


(今まで私は、人に言われたことだけをこなしてきた。それが生きる術だったから。でも)


「なんでもひとりで抱え込まなくていいんだ。お前はもう」



 ひとりじゃない。



 重い音を立てて、鉄格子が外されたような感覚がした。


「お願い、こたえて……私で役に立つかはわからない。けど、助けたい――私にチャンスをください」


 錫杖を握りしめて呟く。すると錫杖が輝き始め、その眩しさに目をつぶった。再び目を開いた時には、錫杖が1メートルほどの長さになっていた。輪のかかった方を握ってそのまま引き抜く。


 現れたのは、純白の刀身だった。


 障子をピシャンと開け放ち、縁側から庭に降りる。そこから先はもう、勝手に体が動き、勝手に言葉がついて出てきた。


「月から欠けた暗闇よ。汝、再びめぐり逢わん」

 《繊月せんげつ


 一気に踏み込むと、首を掴んでいる手を下から斬り上げる。すると刀身の残像が欠けた月のような弧を描き、その手を斬り飛ばした。


「っげほ、助かった。早速で悪いんだが、前衛できるか」

「ぜ、前衛……!?」

「俺、基本的に飛び道具方式なんだよ。と言っても、いきなり怖いよな。やっぱり忘れて……」

「大丈夫」


 少し驚いた目で私を見る。私だってびっくりだ。自分からそんな言葉が出てくるなんて。


「まじで大丈夫か?」

 こくんと頷く。

「わかった、背中は任せてくれ。あと……」

 少し首を傾げると、


「悪かった、急に名前で呼んで」

「でも栄明寺って長いし……それに、いつも呼ばれないから嬉しい」


 彼は再び目を丸くして驚いたあと、ふいと横を向いた。


「そ、うか……なら俺も名前で呼ぶか?」

「え……?」

「その曖昧な返事やめてくれ……」

「冬青君?」

「君も青もいい。いらねえ」

「……冬」

「ん」


 刀を握り直す。



「やぁ〜、倒した?」

「見ての通り大変でしたけど」

「その様子だと、栄明寺の方も目覚めたみたいだね」

「ええ」


 この二人はどんな関係なんだろう。久々宮「さん」と呼んでいたし、知り合いなんだろうけれど。


「で、どうする? これから」


 今の戦闘で、私が技を使えるのはわかった。それにもう、自由であることも。私のことは私が決めなければならないことも。


「私は……」

 鞘に戻した錫杖を握りしめる。そして顔を上げて告げた。


「私を必要としてくださるなら、喜んで入学します」


 久々宮さんと呼ばれていた人は、にこりと笑って先を促した。


「どうしてかな?」


「今まで私がしてきたことは、私である必要がありませんでした。誰でも代わりはいました。自分の居場所が……見つかりませんでした。でも……」


 言葉に詰まってもなお、静かに先を待ってくれるふたりに安心した。


「祖父母から預かったこれは……私に存在意義をくれたから。だから人の役に立ちたい」


 よしと言って、頭にぽんと手を置かれる。


「了解。ようこそ、近畿浄化師専門学校高等部へ」


 そこで、はっと気がついた。

「待ってください、学費とか諸々……」

「大丈夫、浄化師連盟がもってくれるから」

「え?」


「御月の術は三傑浄化術さんけつじょうかじゅつのひとつなんだ。二つ目が久々宮さんの清白身軀せいびゃくしんくで、三つ目は学生で今持ってる人はいないんだけど、識ノ神しきのかみ名媛七人めいえんしちにんってやつだ」


久々宮清仁くぐみやせいじ。特任教師をしてる。よろしく」

「栄明寺御月です。よろしくお願いします」

「というか、もう名前で呼んでんだねぇ〜」

「栄明寺って長いじゃないですか」


 しらーっと言い放つ冬。


「冬と久々宮……先生は、どういった関係なんですか?」


 久々宮先生はびっくりした顔をして、そして言った。


「俺の一番弟子」

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