公園の桜と冬の人

第1話

 プルルルル、プルルルル。


「お疲れ様です。例の件ですが、本当に俺が行くんですか? 同じ三傑さんけつ持ってる久々宮くぐみやさんが行くべきなんじゃ……は? ちょっと!」


 プツンッ。

「あんの野郎……」


 ため息をつくと風が吹いて、桜の花びらが空に舞っているのを見た。




「失礼します。お疲れさまでした」

「お疲れ! ありがとね〜」


 中学校を卒業してから、三週間以上が過ぎた。


 結局私は高校に行かせてもらえなかった。アルバイトをして家にお金を入れる。それだけが私の存在意義。今日はレストランの皿洗いに行っていた。長い間の立ち仕事にも、案外慣れてくるものだ。


「もう暗いじゃん。送ろうか? 僕もここで上がりなんだけど」

 バイト先の先輩の白石さん。今年から高校二年生で家が経済的に苦しく、大学に行く気はないそうだ。今もバイトを掛け持ちして家を支えているらしい。


 ただしそれが本心ではないことを、私は知っている。


(広がってはないけど……)

 黒くてドロドロとした泥のようなものが、白石さんの足から腰、肩まで覆っている。当の本人には見えていないみたいだ。


「僕の分は弟に勉強してもらうんだ。弟のほうが頭いいから」

 そう言ってなお、笑っていた。笑うと少し黒いドロドロが後退する。


 何かを隠している人、内心を露わにできない人、そんな抱え込んでしまう人にまとわりつく、この黒いドロドロが見えるようになってから少し経つ。


「お気遣いありがとうございます。でも大丈夫です」

「そう? 気をつけてね」

「はい。では」


 ぺこりと頭を下げてその場を後にする。

 家の人に男性と話しているところなんて、見られては大変なことになる。ましてや私より大人な男の人なんて。


(今日も、疲れたな)

 首を回すと、ぽきぽきと音が鳴った。



 この世界に生きる人間は、二種類に分類される。


 一つ、私のように平凡で一生何もなし得ず、ただ死んでいくだけの人間。居ても居なくても誰も困らず、居なくなったとしても、いくらでも替えはいる。


 しかしそうでない人間も一部、存在する。


 双子の妹は、浄化師じょうかしを育成する専門学校に高校生から編入する。浄化師とは、人々に寄生するけがれやよどみといった、見える人にしか見えない生物を祓って浄化するという職業だ。昔の栄明寺家は由緒正しい浄化師の家だったらしい。


御月みつきという名前は、美しく強かな名前だ。それを絶対に忘れてはいけないよ」


 去年亡くなった祖父母はそう言っていた。先に祖父が亡くなり、その後を追うように祖母が亡くなった。私が小さい頃からの、唯一の理解者で、味方でいてくれた。


 家までの帰り道に、大きな桜の木がある。公園に植えられているその木の横を通るのが日課で、楽しみだった。最近では夜桜と早朝の桜しか見られなくなってしまったけれど。こうやってただ桜の花を見上げている時間が、一番癒される。


 今日もこうやって一日が終わるのだと思っていた。

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