着信音

 それは真冬の寒い日、母が通っている書道教室での出来事。 

 彼女は他の生徒たちと十人程でレッスンを受けていた。

 そして終了時刻が迫ってきた頃、講師が自身が身に付けている腕時計に目を遣り、生徒たちに声をかける。


「皆さん、そろそろ時間ですので片付けを始めてください」

 

 そう言って講師は自身が使用していた道具を片付け始めた。

 生徒たちもそれに続け、各々それぞれ自身の道具を片付ける。


「この漢字なかなか難しいですよね」

「そうですね、綺麗に書くには相当熟練しないと」

「山田さんはうまく書けましたか?」

「いえ…… 私は全然ですよ」

 

 母が隣の生徒と雑談していると、講師が片付けを終え部屋の隅にある棚へと向かう。

 そして中から長方形の紙箱を取り出し、それを抱え自身の席へと戻る。


「今年も一年間お疲れ様でした。今日は私から皆さんにささやかなプレゼントがあります! 一人一個ずつお取りください」


 そう言って講師はテーブルの中心に箱を置く。

 中には丁寧にギフトラッピングされた錠剤タイプの入浴剤が、ちょうど生徒の人数分ところ狭しと並べられていた。

 

「まあかわいい! これは入浴剤ですか?」

「これはかなりレア物なんでしょ? よく手に入りましたね」

「先月温泉旅行に行ったんですよ。私昔からこれが好きで、その旅館で売ってたので奮発して買っちゃいました」

「先生ありがとうございます!」

 

 それを見た生徒たちが感激していると、窓の外から灯油の移動販売業者のトラックから奏でられる童謡のメロディが聞こえてきた。


「誰かケータイ鳴ってますよ」

 

 すると、それを聞いた生徒の一人が突然そう口走ったのだ。どうやら彼女はそれを携帯電話の着信音と勘違いしているらしい。

 もちろん教室内では携帯電話など鳴ってはいない。

 その場にいた全員が一斉に吹き出しそうになったが、皆必死にこらえていたとのこと。


 それを見た母は、佐藤さんはいつも面白くてみんなを楽しませてくれるなあ。と内心思うのであった。

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