第33話 #セーナ5(一人称パート)
「こちらは……まあ、言わずともわかるな」
「は、はい。宰相様でいらっしゃいますよね?」
「ああ。極秘で君に会わせてくれと言ってきてな。まったく……宰相殿が帝城を留守にしてまで私のような外縁貴族と接触するなど、どれほど議会派を刺激するかわからん筈はないだろうに。困ったお人だ」
帝国には大きく分けて、主星系の外に領地と独自の騎士団を持つ外縁貴族。主星周辺に領地を持つ中央貴族。そして、帝城で役職を持つ宮廷貴族の3つの貴族と、皇帝派、議会派、中立の3つの派閥が存在します。
3つの貴族と派閥との関係を簡単に説明すると、まず皇帝派とは、現状の皇帝を頂点とする専制君主制を支持する、所謂保守層です。昔気質で、中央貴族が好き勝手するのを嫌う外縁貴族の多くはこれに属しています。
次に議会派ですが、これは、皇帝を政治から遠ざけ、帝国を立憲君主制国家に変えようとする勢力で、主に中央貴族が属しています。自分達の発言力を高めて、権力を握りたいという狙いが見え透いていますが、中央貴族は経済的には豊かですが領地が狭く、皇帝陛下のお膝元という理由で戦力の保有数も制限されています。将来的に、広い領地と強大な武力を持つ外縁貴族との間で力の差が開いていくのは明白な為、彼等も生き残ろうと必死なのです。
そして中立派ですが、主に宮廷貴族がそれに属します。宮廷貴族とは、国政の実務を行う官僚達です。領地や自前の騎士団こそ持ちませんが、皇帝陛下のブレーンとして、実質国政を行っているのは彼等であり、その権力は並の貴族の比ではありません。彼等は国政を担う者として、両派閥に対しては中立の立場をとっています。とはいえ、議会派が勝てば、現在の宮廷貴族は彼等の門閥貴族に取って代わられると予想されるので、内心的には皇帝派を支持しているようです。
議会派にとってリシータ事件は、帝国を立憲君主制として、貴族議会が国の実権を握る千載一遇のチャンスでした。しかし、宰相様がいち早く事態を察知し、皇太子殿下を手中に収めようとクーデターを起こした議会派の主要貴族を粛清して事を治めました。
以来、大人しくしている議会派ですが、目の上のたんこぶである宰相様が、帝城を離れていると知れば、すぐにでも帝宮を襲おうと決起しかねません。
また、ラプタル侯爵家は、主星から離れているとはいえ、豊かな領地と精強な騎士団を持つ大貴族です。地方で着々と力を付ける外縁貴族を中央貴族は忌々しく思っていますから、宰相様と一緒にまとめて始末できるなら好都合と、この機会を狙って攻撃してきてもおかしくありません。
今ここに宰相様がいるのは、国家の危機と言えるほどのまずい状況であり、侯爵様が頭を抱えるのも当然です。
ところが当の宰相様はといえば、まるで気にしていないかのように、呆けた顔で私を見つめています。
何か言おうとしながら、ただ唇を震わせている宰相様。
私には、声もでないくらい疲れ果てた、ただのおじさんにしか見えないのですが、いったいこれはどういうことなのでしょう?
皇帝不在となった混乱に乗じて謀反を企てたり、不正をしでかした貴族を幾つも粛清し、機能不全に落ちった帝国を立て直した宰相様の鬼神の如き辣腕ぶりは、田舎に暮らす私の耳にも届くほどです。
本当にこの人が?
やがて、宰相様の口から小さく「ウルト」という声が零れます。
母の名前……まさか……この方……まさか!?
宰相様の目から涙がこぼれ落ちるのを見て、流石にどうしたものかと侯爵様に視線を送ります。
「あー、そこにいるのはな。なんでも君の父親なのだそうだ」
しわを更に深くした侯爵様。その口からとんでもない言葉が飛び出しました。
まあ、宰相様の口から母の名が出た時点でなんとなく察してはいました。しかし、本当に?
そして……どうして今になって?
「……すみません侯爵。自分で言うつもりでしたが、上手く言葉が出てきませんでした」
ハンカチで目元を拭う宰相様。
「まったく。帝城で辣腕を振るう鬼宰相と同一人物とは思えない姿でしたな」
「ははは。これが地ですよ。しかし、今の姿は見なかった事にして頂きたい。鬼と呼ばれるくらいでなければ、今の帝城で殿下達をお護り出来ないのです」
「勿論。わかっていますとも」
腕を組んだまま頷く侯爵様。派閥は違っても皇家への忠誠を誓う者同士、相性は悪くないようです。
「馬鹿娘の自爆でサイサリアス一族を帝城から追い出せたとはいえ、まだまだ油断ならない状態です。外縁貴族にしても侯爵のような気骨のある者ばかりではありませんから」
「サイサリアスにしても、娘の方はあれでしたが当主の方は油断なりません。油断はなさらぬよう」
「ええ。肝に銘じておきます。とはいえ、今は近衛も再編中ですので、いざという時には、よろしくお願いします」
「勿論。帝城に何かあればすぐに艦隊率いて駆け付けますよ」
サイサリアスといえば数年前に第二皇妃様を輩出した一族です。皇帝派ではありますが、それも皇帝を利用し、自身が権力を持つためと言われています。皇妃様は不貞が発覚し、一族もろとも帝城から追い出されたと聞きますが……おふたりの様子から、相当なやらかしをしでかしたのでしょう。
「おっと、今はセーナの事だったな」
「いえ、おかまいなく」
今さらひょっこり現れた父親より、今帝城で起こっている出来事を聞いていた方がよっぽど面白いなんて、思っても言いません。
「そうはいかん。宰相殿には一刻も早く帝城にお戻り頂きたいのでな。セーナには面白くない話だろうが」
「まあ、そうですね」
宰相様に帰っていただきたい気持ちは私も同じです。今更実の父親が現れても面倒しなだけです。しかも宰相様? あちこちから相当な恨みを買っているこの人の娘なんて、この先、生き残れる気が全くしません。
「どうかこれまで父であると名乗れなかった事を謝らせてください。ウルトの葬儀にも参列できず、君には大変な苦労をかけたと思っています。本当に申し訳ありませんでした」
宰相様はテーブルに額をぶつける程深く、頭を下げられました。
「ウルトと別れた時、私は彼女が私との子を身籠っていたことを知りませんでした。唐突にウルトとの関係を断ち切るように父に言われて……当時はウルトへの未練から父を恨みもしましたが、その後、愛する妻ができて、私はウルトの事を忘れていたのです。彼女が死んだことすら、私は知らなかったんですよ。あなたの事を知ったのはつい最近の事です。あなたの祖母に当たるストライエン婦人から聞かされましてね。どうやら父との間で取引があったようで、口止めされていたらしいのですが、父がリシータ事件で行方知れずになった事で、夫人は話す気になったようです。夫人は、ウルトの葬儀であなたに声をかけれなかった事を、ずっと後悔していたそうですよ」
「いえ。事情は理解しましたし、幼少期の記憶にはキルケシィ家での楽しい思い出しかありません。謝罪は不要ですので、どうか頭をお上げください」
実際、母がキルケシィ家に入った時、私は5才です。それ以前の記憶なんて殆ど無いのですし、母も私もキルケシィ家で幸せでした。父とも母とも早くに死別する事にはなりましたが、それは宰相様とは関係の無い事です。
「そ、そうですか……ありがとう。セセセセ、セーナ……嬢」
娘だと分かっていても、私の名をどう呼べばいいのか分からなかったのでしょう。侯爵様はというと、隣で必死に笑いを堪えています。
「それで……今更ではありますが、あなたはわたしの娘として認知してほしい。我が家に迎えられたいという気持ちはありますか?」
私はキルケシィ家の娘です。突然現れた目の前にいる男は私の半身かもしれませんが父親ではありません。ですから、私ははっきりと答えました。
「いいえ」
と。
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