第32話 #セーナ4(一人称パート)
「着きましたよ。お嬢様」
「ありがとうございますセバン様」
「セバン……とお呼びください。今の私はキルケシィ家に使える家令なのですから」
「すみません。どうしても慣れなくて……」
兄の死から一年が過ぎました。
現在、キルケシィ家の当主は前子爵の実子であるグレースが引き継いでいます。しかし、グレースはまだ14歳で当主としての教育も不十分。何より、大切な家族を立て続けに失った事で心を閉ざし、ずっと自室に引き籠っています。
兄の死を重く受け止めたラプタル侯爵は、原因となったセバン様を侯爵家から追放し、身命を賭してキルケシィ家を支えるようお命じになられました。以来セバン様は家令として我が家の為に働いています。
「お疲れでしょうが、親父……侯爵は既に来ているはずです」
「はい」
その日、私はラプタル侯爵に呼ばれて、惑星ラプタルの星都を訪れていました。侯爵様との合わせのホテルの前に着くと、御者台を降りて馬車の扉を開けるセバン様。
「気を付けて」
「ありがとうございます」
セバン様の手を借りて、石畳の上に降ります。騎士として巨艦を指揮する姿も素敵でしたが、今やすっかり家令が板についています。
馬車を降りて目に映るのは、高く青い空と、柔らかな日差しを受けた街並み。
綺麗……グレースが住みたがるのも分かるわ。
日焼けしたり髪が乱れる。予定が天候に左右されるなどと、地上を嫌う貴族は多いですが、私はグレースほどとはいかなくとも、地上が嫌いではありません。
「少しお休みになられますか?」
地上は技術が制限されているので、往還船の発着港から市街地までの10キロ程の距離を移動するのにも二時間近くかかります。
地上との時差ボケと、乗り心地が良いとは言えない馬車による移動。セバン様は私の体力を心配したのでしょう。
「いえ、侯爵様をお待たせするわけにはいきません」
「わかりました。しかし、無理はなさらないでください」
ラプタル侯爵は、セバン様をキルケシィ家の家臣にしてくれただけでなく、私とグレースの後見人を引き受けてださった恩人です。この一年、実の親のように温かく、悲しみに暮れる私達姉妹の面倒を見てくれた侯爵様とご婦人の支えが無ければ、私もグレースも亡き家族の元に殉じていたかもしれません。
「……こんなところまで呼び出すなんて、何考えてんだかまったく」
セバン様もずっと馬車を走らせて疲れているのでしょう。言葉に地がでてしまっています。
セバン様の言う通り、領主艦邸ではなく、わざわざ地上の星都に来るように指示され事に、些か疑問を感じます。それについては、どうやらセバン様も理由を聞かされていないようです。
「セバン様……セバンも理由は聞かされていないのですよね?」
「ええ。ただ地上はコロニーや領主艦邸より監視の目をごまかしやすいので、このホテルはよく非公式な会合に使われると聞きます。もしかするとお母上のご実家絡みかもしれません」
「それは……気が重いですね」
兄とセバン様の決闘は、愛し合う兄妹と、妹に横恋慕する侯爵令息による悲恋の物語と、面白おかしく盛に盛られて中央の社交界まで広まっているようです。
私は悲劇のヒロインかというとそんなわけはなく、すっかり男を惑わす悪女として名が知れ渡ってしまいました。
流石あのウルト・ストライエンの娘……といった具合ですから、ストライエン家が動いたとしてもおかしくはありません。
馬車をスタッフに預けて、私とセバン様はホテルの門をくぐります。
ホテルグランドラプタル。ラプタル領内で最も格式高いホテルであり、ラプタルの名を冠する事からわかる通り、オーナーは侯爵様です。
「ようこそおいでくださいました。セーナ・キルケシィ様。当ホテル支配人のマルコフと申します。どうぞお見知り置きを」
「こちらこそ、宜しくお願い致します」
私が入ると、すぐに上品な老紳士出て来て挨拶を受けました。どうやらマルコフ氏自ら案内してくれるみたいです。
「それでは、自分は明日またお迎えに上がります」
「ありがとうございます。セバン」
「いえ。このホテルのディナーは絶品ですよ。ごゆっくりお過ごしください。お嬢様をよろしくお願いします。マルコフ殿」
「はい。お任せください。ではセーナ様。閣下がお待ちでございます。どうぞこちらへ」
今夜はここにで一泊する事になっています。当然、セバン様は同じ部屋には泊まれませんので、一旦ここでお別れです。
「セバン様の事はよく存じておりますが、騎士でいらした時より、生き生きしていらっしゃいますな」
「我が家の為にこのような事になってしまって……それなのに、いつも助けられてばかりで申し訳なく思っています」
「いえいえ、セバン様は気質は根っからの騎士ですから、使えるべき主を見つけて幸せなのでしょう」
根っからの騎士と言うのは理解できますが、私が主に相応しいかは疑問です。
マルコフ氏に案内されて外れにある客室へと入ります。そこはなんの変哲もない普通の部屋で、侯爵様の姿は見えません。
「この先は、一般のお客様はご利用できない特別なエリアになります」
茶目っ気たっぷりなウインクを見せるマルコフ氏。戸棚を横にずらすと、そこに地下へと続く階段が現れます。
「暗いのでお気を付けください」
オイルライターを手にしたマルコフ氏に続いて階段を降ります。手入れは行き届いていますが、石造りの階段はかなり古いように見えます。
「これは、もしかして旧王国時代の?」
旧王国時代とは、ラプタル星系が帝国に併合される以前。今から300年程前の事です。
「はい。かつて地上を治めていた侯爵閣下の祖先の居城を改修したのが当ホテルです。この先は、元は地下牢でしたが、100年ほど前に改装しまして、現在はお忍びで来訪された要人をお迎えするのに使っております」
階段を降りると扉があり、その先は電灯が灯され、元が地下牢とは思えないくらい綺麗な通路が広がっていました。
「こちらです」
通路の最奥。一見、物置のように見える粗末な扉の向こうで、侯爵様はお待ちのようです。
「閣下、セーナ様がいらっしゃいました」
「入ってくれ」
「失礼いたします。さあ、セーナ様」
マルコフ氏がノックすると、中から侯爵様の声が聞こえてきました。鍵を開ける音の後、ドアが開いて侯爵様が顔を見せました。侯爵様が自分でドアを開けた事から、部屋には秘書官も護衛の騎士もいないようです。
「それでは、御用がありましたらお呼びください」
私が部屋に入るとドアを閉めて退出するマルコフ氏。通路側からは粗末に見えた扉は偽装のようで、内側は貴族が利用するのにふさわしい上品なものになっています。
室内はと言えば、スイートルームのように豪華絢爛といった感じではなく、テーブルもソファーも落ち着いた色調で、客室というより執務室のようです。室内にはやはり護衛の姿は無く、30歳前半くらいの男性がテーブルに肘を付いた姿勢で私が来るのを待っていました。
侯爵様が護衛も連れず、地上のホテルで密かに会う必要のある相手。一体誰なのでしょうか? それに何故、私が呼ばれたのでしょうか?
「こんなところに呼び出してすまなかったセーナ嬢。まずはかけてくれ」
「失礼いたします」
普段より深いしわを眉間に浮かべた侯爵様に隣に座るように促され、私は緊張しながら腰掛けます。
その時、向かいに座る男性と目が合いました。目には深い隈。肌の艶も悪く、銀色の髪も白髪でくすんでかなり不健康そうに見えます。
この方は!? ギッツ・オーナス宮廷伯!?
不在となっている皇帝陛下に代わって、帝国を支配している宰相様が何故ここに!?
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