第31話 #セーナ3(一人称パート)
私は兄さんの事が好きでした。
優しくて、家族の為に一生懸命な彼を、好きにならずにいられませんでした。
けれど、彼は私の兄になった人だから……私はその気持ちに蓋をしました。
強く、固く、絶対に誰にも覚られないように……
✤✤✤
「セーナ。俺と結婚してくれないか?」
「セバン様!?」
突然のセバン様からの求婚に呆気にとられる私。しかし、すぐに私とセバン様の間に兄が割って入ります。
「ふざけるな。セバン。いくらお前でも非常識がすぎるぞ?」
「ふざけてはいないし、こんな形ですまないと思ってる。だが、俺は元々セーナが好きだった。両親を説得してる間にカミルに先を越されて、一度は諦めたが、カミルが身を引くというなら、俺はこのチャンスを逃したくはない」
まさかセバン様から告白を受けるとは思いませんでした。セバン様とは昔からの顔なじみですが、これまでそんな素振りは全く感じていませんでしたから。むしろ気が強く、お転婆なグレースとの方が仲が良かったくらいです。
私は冷静さを取り戻すと、兄さんの隣に立って、はっきりとセバン様にお断りの意思を伝えます。
「申し訳ありませんがお断りします。私ではセバン様には吊り合いません」
「そ、そうですわ! セバン様にはもっと相応しいお相手がいるはずです!」
その場を見守っていたご令嬢のひとりが声が上げます。まだデビューして間もない小さなご令嬢ですが、裕福な伯爵家の生まれで、この場にいるご令嬢の中では、最もセバン様の婚約者に近いところにいる方です。
「そうですわ!」「そうですわ!」と他の令嬢達から同意の声が上がり、成り行きを見守る男性陣の方でも、多くの方が頷いていらっしゃいます。
ラプタル星系の盟主を務める侯爵家の直系であるセバン様のお相手探しは、そこいらの貴族の婚活とはわけが違います。侯爵家は星系を支配する言うなれば王家であり、セバン様は王族ともいえる立場なのです。セバン様のお相手は、ただ侯爵家に都合の良い相手というだけでなく、ラプタル星系に利益をもたらす方でなければなりません。それが支配者の務めというものです。
訳あり貧乏子爵令嬢の私と結婚しても、ラプタル星系にメリットはありません。私はセバン様の足枷にしかならない。愛さえあれば? 君さえいれば? とんでもない! それで満足できるのは
四面楚歌の状況で表情を硬くしていたセバン様ですが、おもむろに片膝をついて頭を垂れます。
最大限、相手を尊重する姿勢。そこまでしますか!?
「身分とか財力とか、そんなものはどうだっていいんだ。君と結婚できるなら、俺は家を出る。キルケシィ家に使える一騎士になっても良い。だから……今一度考えてみてはくれないだろうか?」
「断る。迷惑だ」
セバン様一世一代の告白を一刀両断に切り捨てる兄さん。流石です。
「ハイゼル。俺はセーナに言っているんだが?」
「お前をうちに入れるなんて認めないから同じだ。それに……」
「兄さん?」
不意に抱き寄せられたかと思うと、気づけば私は兄の腕の中にすっぽりと納められていました。
「セーナと結婚するのは俺だから」
兄さん……今、なんて……言いました?
見上げると、黒い瞳が私を見つめていました。その目が家族としてではなく、私を一人の女性として見ている事に気が付いて、私は頬が赤くなるのを隠すように視線をそらしてしまいました。
そんな目をするなんて、兄さんずるいです。
「ああ、もう……!!」
私の反応で察したのでしょう。頭を抱えるグレース。口を開いたまま言葉を失うセバン様。セバン様だけではありません。事態を見守っていた誰もが同じような顔をしています。
私が隠していた想いがついに周囲にバレてしまいました。けれど……思ったほど悪い気はしません。
「ハイゼル。お前はセーナの兄だろう。何を言ってるのかわかってるのか!?」
「ああ。良き兄であろうとずっと想いは心の内に秘めてきた。兄として幸せになる妹を笑顔で見送ってやろうと思ったさ。だが……それも2度目は御免だ」
「ハイゼル……そうだな。俺と同じだ」
己の立場故に想いを秘めるしかなかった。でもここへきてそれを爆発させた兄さんとセバン様。だからこそ、互いの気持ちを理解できたのでしょう。妹と結婚すると言い出した兄さんをセバン様は責めませんでした。
「だが、俺も引く気は無い」
「だったらどうする? 俺は当主としてセバンの求婚を認めるつもりは無いし、この件では侯爵家の権力も使えないだろう?」
「決闘だ」
手袋を投げるセバン様。
「俺が勝ったら俺にセーナを口説く猶予をくれ。それでセーナの気持ちがなびかなければ今度こそ諦めよう。だがせめて一度、俺にチャンスを与えて欲しい」
「騎士が日々事務に追われる貴族当主に決闘か。随分都合がいいな」
「すまない。だが、俺にはもうこれしかないんだ」
「まったく。これだから脳筋は……」
侯爵家の騎士として日々鍛錬しているセバン様。対して兄さんは当主の仕事が忙しく、明らかに運動不足です。昔は互角にやり合ってた剣の腕もさび付いているでしょうし、背丈で10センチ近い対格差もついています。腕っぷしで、兄さんに勝ち目があるとは思えません。
「受ける義理はないけれど、やっぱりケジメは必要だよな」
「兄さん私は……」
「ごめんセーナ。俺もセバンも不器用だからさ」
「ほんと不器用すぎ……姉さんも兄さんもセバン兄も……ほんと私の身にもなれ」
確かに。このまま兄妹で結ばれても、何かの間違いでセバン様と結ばれる事になったとしても、どのみちキルケシィ家は白い目で見られることになるでしょう。グレースは完全に巻き込まれです。
「ごめんなグレース。いざとなったら、当主の座も権限も全部グレースにあげるから」
「まじでいらない」
血が繋がらないとはいえ、妹を娶ろうというのです。兄さんも思うところがあるのでしょう。兄さんが手袋を拾った事で、決闘は成立しました。
貴族の決闘は過去様々な形で行われてきましたが、現在は戦翼機による模擬戦が主流となっています。
決闘に使われるのはレイドラというやや旧式の機体です。現在主力のサイバーンより小型で、パワーはありませんが軽快で現在でも訓練用として広く使われています。
決闘の為の機体は自前で用意するのが原則。当然セバン様はご自分の専用機であるサイバーンをお持ちですが、我が子爵家には旧式のレイドラしかなかったもので、セバン様が合わせる形となったのです。
数日後。セバン様が指揮を執るデュランバン級戦艦に兄さんとセバン様のレイドラを積み込むと、決闘を行う為の安全な宙域へとむかいました。
「サイバーンを使わなくていいのか?」
「レイドラは乗り慣れているから問題ないさ。ハイゼルこそそのポンコツで大丈夫なのか?」
「整備はきっちり行っている。まあ、なんとかなるだろう」
兄さんが扱うのは、申し訳程度の装飾と、主翼にキルケシィ家の紋章が描かれた当主専用機です。かなり古い機体で、出撃前に機体を見た整備の人も厳しい顔をしていました。対して、セバン様が乗り込むのは、騎士団の練習機として採用されている機体で、装飾も何もありませんが状態はこっちの方が良いでしょう。
『セバン・ラプタル出る』
『ハイゼル・キルケシィ同じく』
飛び立つレイドラを私とグレースは艦橋から見送ります。
「兄さん……どうか……」
「姉さん本気なんだね」
思わず漏れ出た声に目を向けるグレース。あの日から、グレースは兄さんや私と距離を取るようになりました。彼女なりの気遣いなのかもしれませんが、兄妹の関係を壊してしまったのが申し訳なくて、その視線から逃げるように、宇宙に意識を集中させます。
幾人もの立会人が見守る中、決闘が開始されました。
2機のレイドラが模擬弾を撃ちながら宇宙で交錯します。それは激しく、とても美しい光景でした。
「やっぱりセバン兄が強い」
「ええ……」
素人目にも兄さんが押されているのが分かります。
戦翼機の操縦は、相撲、剣術、速駆けと並ぶ貴族の嗜みです。海賊などの無法な輩からから領地を護る為、貴族の子女は幼い事から戦翼機の操縦を学んでいます。当然兄さんも例外ではありませんが、子爵家の予算では満足な訓練はできません。練度の差は明らかです。
やがて……高速で2機がぶつかるギリギリまで接近。艦橋内で悲鳴が上がります。
「駄目っ!!」
「危険だ!!」
グレースとどこかの令息が叫び、私が息を飲んだ次の瞬間、セバン様のレイドラが避けるように大きくぶれます。そして……
「セバン機の被弾を確認。勝者! ハイゼル子爵!」
立ち合いを務める侯爵家の家令が兄さんの勝利を告げます。
「凄いよ! 兄さんが勝った!」
「ええ、本当に……」
勝った。兄さんが……
心の中に温かい気持ちが溢れてきました。今なら言えるかもしれません。
あの人の事を、誰よりも好きだと。誰の目も気に。
その時です。
彼方で小さな光が見えました。私も、グレースも、当初それが何かわかりませんでした。ですがそれは、兄さんの乗ったレイドラのエンジンが爆発を起こしたものだったのです。
『ハイゼル!? どうした!? おい!?』
「ハイゼル機からエマージェンシー!!」
「セバン様! 状況は!?」
『ハイゼル機のエンジンが爆発した!! ハイゼル脱出しろ!! 聞こえてるのかハイゼル!?』
「救助艇発進!! 医療班用意!!」
セバン様からの通信が艦橋に響き、慌ただしいクルーの様子から、私はようやく兄さんの機体が事故を起こしたのだと察しました。
「兄さんに何が!?」
「機体にトラブルのようです! 機体は炎上中で操縦不能の模様!」
「そんな!? 脱出は!?」
「脱出装置が故障しているようです。また子爵は船外服を着用していない為、機を捨てることもできません!」
兄さんの乗る機体は船外服を着て操縦できるように設計されていませんでした。これは船外服を着ない方が操縦しやすく、戦場で気概も見せれるという事から、当主専用機といった象徴的な機体によくある使用です。
「なんて馬鹿なの!?」
そんな機体を残した先祖と、そんな機体を更新できなかった私達の力不足。今更悔やんでもどうすることも出来ません。
流星のように尾を引いて、宇宙に消えていく兄さんのレイドラをセバン様が追っていきます。
『ハイゼル!! 返事をしろ!! ハイゼル!!』
『ああ……』
セバン様の呼びかけに、返答がありました。ノイズが大きく、消えそうな声。ですが紛れもなく兄の声です。通信士が気を利かせてくれたのでしょう。どうやら会話が出来る状態になってるようです。
「兄さん!? 大丈夫なの!? ねえ!?」
『ああ……グレースか? セーナは? セーナはいるか?』
「います! 私はここに!」
『ああ、セーナ……俺と……結婚してくれるか?』
「はい! お受けします! だから絶対帰ってきて!」
『セーナ……ありがとう……』
「兄さん!? 兄さん返事をして!?」
「通信途絶。ハイゼル機信号消失しました……」
「兄さん!! 兄さん!! 嫌ぁぁぁぁぁ!!!!!」
私達の叫びも虚しく、途絶える通信。そして、宇宙の闇の奥で小さな光が弾けて消えるのが見えました。
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