第15話 突入!

 民間船とはいえ、宇宙船の外装というのはそれなりに堅牢だ。特に小惑星群で作業を行う採掘船は、デブリの衝突に耐えられるように、外郭だけでなくフレームから電装系に至るまで頑丈な作りになっている。

海賊船アルファの上部甲板とりついた彩晴。目の前には高さ2.5メートル、横1.8メートルの扉。


「目標に到着。レバーのようなものがある。回せば開くんじゃないか?」

『下手に弄らず、作戦通りに行きましょう。スキャナーを当ててください』

「了解」


 突入ポイントに定めたハッチに音波スキャナーを当てる。スキャナーから得られた情報はハツによって解析され、爆薬量が算出される。


『厚さ約200ミリ、材質は超高張力鋼と樹脂の複合材のようですね。耐熱処理は確認できません。アルゴンNは500グラムで十分です』

「なんだハリボテか? 5キロ分持ってきたけど、多過ぎたな」

『突入後に、隔壁や扉を破壊することもあるでしょうからわかりませんよ?』

「それもそうか」


 バックパックからアルゴンNのブロックをひとつ取り出す。ブロックには板チョコのようにあらかじめ割れ目が入っている。彩晴はブロックを半分に割ると起爆装置と一緒にテープでハッチに貼り付けた。因みにだが、無線だとジャミングを受けたり、ハッキングで乗っ取られたりする恐れがある為、起爆装置は時限式、もしくは有線だ。


 起爆装置に繋がったワイヤーを伸ばしながら、彩晴はシェルパンツァーの背部にあるステップに乗って、破壊されたレーザー砲の残骸の陰に移動する。


「爆破10秒前。す……ホーク。準備はいいか?」

『ん』


 涼穂から言葉は少ないが確かな返事が返ってくる。彩晴の頭上を翼を振りながら旋回していくヒエン。彩晴は握り締めたスティック型スイッチから、誤作動防止のクリップを引き抜く。


「頼むぞ! 5、4、3、2、1、爆破!」


 起爆スイッチを親指で強く押し込む。宇宙で音は聞こえない。ほんの一瞬差し込む光と甲板を揺らす振動が起爆成功を伝えてくる。


「やったか?」

『爆破成功を確認。照準セット……発射』


 ハッチのあった場所に抉り取られたかのように2メートル程の穴が空く。そこから艦内の空気が勢いよく噴き出し始めたが、急降下してきたヒエンが、穴に向けて翼に抱えた2発の補修弾を撃ち込んだ。補修弾は破孔部分を自動で察知して破裂。内部に詰め込まれた、青い蛍光色の補修材が空いた穴を包み込むように塞ぐ。


『補修弾の着弾確認しました! 空気流出無し。突入してください』

「よし! コマンドドッグ隊突入! ゴー! ゴー! ゴー!」


 6体のコマンドドッグが先行して突入し、彩晴とシェルパンツァーもそれに続く。


『汚っ!?』


 スライムを通って海賊船の内部へと入った彩晴。内部の映像を見たとたんハツが声を上げた。


 海賊船の内部は、薄暗くまるでお化け屋敷だった。


 パネルが剥がされ、パイプがむき出しになった壁面。


 コードが垂れ下がった天井。薄暗いのはコードやパイプが照明を遮っているせいだ。


 床にはほこりが積もって弱弱しい稼働音を立てている謎の装置。


『何ですかこれっ!? 無理な改造にいい加減な整備。犯罪の片棒を担がされながら、掃除もろくにされてないなんて……酷い。船が可哀そうですよ』


 ハツにとって海賊船の状態は見るに堪えないものらしい。


 人に例えるなら、一般人に無理な訓練と洗脳を行い、風呂にも入らせてもらえずに無理やり戦わせれているようなものだ。そう考えると彩晴も海賊船に同情的な気持ちになってくる。


「まるでパニックホラー映画のセットだな。こっちじゃなくてよかっただろす……じゃないホーク」

『うん……そうだね』


 ホラーが苦手の涼穂を揶揄うつもりだった彩晴だが、涼穂の声にいつもの元気が無いのが気になった。


「どうした? 大丈夫か?」

『大丈夫、平気だから』


 やはりおかしい。元気が無いというよりかなり具合が悪そうに思える。涼穂に確認しようとした彩晴だが、ハツから彩晴にだけ聞こえるよう設定された通信が入ってきた。


『彩晴さん』

「どうしたファー……じゃなくてハツ。なんだかややこしいな」

『急にすみません。涼穂さんのことですが、これを見てください。先ほどのヒエンの戦闘の際の映像です』


 それは宇宙服を着た海賊をヒエンが撃った時の映像だったが、彩晴はそれで涼穂の不調に納得がいった。涼穂は人を撃っていたのだ。その際に人間がビームで焼かれ、砕け散った様を見てしまったのである。


「わかった。帰ったらフォローする。ありがとう」

『いえ』


 ハツに礼を言って内緒話を終わらせると、涼穂に感づかれないように、彩晴とハツは会話を船内の様子に戻す。


「隔壁のようなものは見られないな」

『こんなに散らかってちゃ、隔壁があっても閉まりませんよ』

「それもそうか」


 所々、通路を区切るように扉があった跡や、シャッターが配置されているのは見られる。だがその前を配線やパイプが通すために、恐らく意図的に閉まらないようにしてあるか、取り外してしまっているのだろう。


「馬鹿じゃねぇの?」

『海賊なんてしてる時点で馬鹿は確実です』

「違いない」


 海賊船アルファは全長こそ100メートルも無いくらいだが、円盤型なので内部は意外と広い。外縁に通路が通っていて、彩晴はそこから船首にある艦橋を目指す。


「船内の気圧、重力共に正常。ライフラインはしっかりしているようだな。海賊には勿体ない良い船じゃないか」

『まったくですよ』


 船内にはしっかりと重力があり、大気の状態も安定している。爆破によって若干空気が抜けていたはずだが影響はないようだ。元々過酷な現場での運用を想定した採掘船だ。タフな作りをしているのだろう。


『大気成分はほぼ地球と変わらないようです。だからといってヘルメットは脱がないでくださいね?』

「わかってるって」


 海賊側も彩晴達が乗り込んできたことに気付いているだろう。どこで待ち伏せを受けるかわからない為、慎重に海賊船の中を進む。


『先行するコマンドドッグ隊が海賊を発見しました。交戦に入ります。警戒を』

「了解」


 海賊達は通路や物陰に潜んで迎え撃つつもりだったようだ。数は3人。全員ハンドガンサイズの光線銃を持って待ち構えている。


 だが相手は対人制圧用ドローンのコマンドドッグだ。高性能なセンサーは物陰に潜む海賊の位置を正確に把握していた。通路を猛スピードで疾走し、海賊達に肉薄する。


「※※※!? ※※※※※※!?」

「※※※※※※!!」

「※※※※※※※※※!!!!!」


 海賊の叫び声、レーザーの赤い閃光が壁面や天井に撃ち込まれて火花が上がる。


 突然現れた黒い鋼の猟犬に海賊達は大慌てだ。光線銃を撃ちかけるも、コマンドドッグは壁や天井を蹴る立体的な動きで海賊を翻弄し、足に装備されたスタンクロ―、背部から展開するスタンブレード、口腔内のプラズマインパクトガンで瞬く間に海賊を無力化してしまう。


『クリア!』

「よし、艦橋を制圧するぞ。ハツ、ナビゲート頼む」


 外観からの情報と、コマンドドッグから送られてくる内部情報で、海賊船の内部がデジタルマッピングされていく。


 そもそも船内の構造はシンプルな平屋建て。艦橋は艦首にあり、中央に貨物室と繋がるエレベーター。円の中に十字が入ってる感じで大通りとなる通路が通っているから、艦橋までたどり着くのは簡単だった。


 艦橋の制圧に時間はかからなかった。艦橋に残っていた海賊はたったのふたりで、光線銃を手に艦橋から飛び出して来たところをコマンドドッグが仕留める。


「まじでろくな連中じゃないな」


 海賊船の艦橋は、酒瓶やゴミが散乱する見事な汚部屋だった。


『見るに堪えません。今すぐ主砲で焼き払ってしまいたいのですが?』

「もうちょっと待とうか? コマンドドッグ隊は散開して船内を捜索。船内に誘拐されてきた人がいないか探せ」


 海賊のほとんどは略奪の為に中型船の方に出払っているのだろう。彩晴はコマンドドッグに船内を探索するように指示を出す。


『……アイサー。ところで、誘拐されてきた人と海賊はどうやって見分ければいいのでしょうか?』

「いや、わかるだろ」


 彩晴は散らかった艦橋を見回す。ここまで来ると言わずもがなだ。


「汚い奴が海賊だ!」

『地球だったら問題発言になりそうですね』


 襲われている中型船の内部は、この海賊船とは比べ物にならない程上品だった。乗っている乗客は恐らく中層以上の階級に位置する人達で、船員にしてもそれにふさわしい身なりと教育を受けているのが伺うことが出来た。


 海賊かどうかを見た目で判断すると言った、彩晴の理屈は間違っていない。


『ソーマさん。中型船にいた海賊が戻ってきたようです。あと10秒で接触します』

「了解っ! コマンドドッグを呼び戻せ。俺はここで迎え撃つ」


 できれば艦橋は戦場にしたくない。流れ弾が操舵に関わる機材に当たれば船が暴走する恐れがある。彩晴が通路に出ると、奥にあるエレベーターが上がってくるのが見えた。彩晴の盾になるように通路に立ちふさがるシェルパンツァー。彩晴は震える足に喝を入れて、サブマシンガンを構えた。

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