第7話 #ディア(一人称パート)
その日、愚弟はのたもうた。
「姉上を皇族から追放する!」
それは、わらわと愚弟の12歳の誕生日を祝うパーティーでの事じゃった。並み居る貴族達の前で、愚弟はあろうことかわらわの追放を宣言しおったのである。
わらわは銀河に200の植民惑星を持つルギエス帝国の第一王女。ディア・ニィ・ルギエス。そして、壇上から舐めた事をぬかしおったのが、妾の双子の弟であるゼフィロ・スゥ・ルギエス。一応、我が帝国の皇太子であり、一ヵ月後には皇帝に即位することになっている。
苛ついた様子でわらわを睨みつける愚弟。双子じゃから、愚弟の顔立ちはわらわによく似た美男子じゃ。じゃが、目元に濃い隈を作り、やつれきった顔は、皇宮に使える優秀な侍女の化粧技術をもってしても隠しきれておらん。
愚弟は昔から堪え性が無く、これまで勉強をサボってきたからの。遅れた分を取り戻すために、ここ最近は寝る間もないくらい、家庭教師達に揉まれておる。まあ、自業自得じゃ。
「さて? これはどういうことじゃギッツ?」
わらわは愚弟の背後にいる男に尋ねる。
宰相のギッツ・オーナス。今や帝国はすっかりこのギッツによって牛耳られておる。
3年前、皇帝であった我が父が、新たに見つかった未開惑星を帝国領とする為、出征したきり行方知れずとなる事件が発生した。
皇帝、宰相他、国の閣僚の突然の消失によって、分解寸前の帝国をまとめあげたのが、宰相の息子であるギッツだった。
まあ、残された幼いわらわ達姉弟を護りながら、混乱する帝国の舵取りをしてくれたのだから、わらわ達姉弟にとっては恩人であることは間違いない。
前宰相であるギッツの父親も皇帝と共に行方不明になっておる。ギッツも辛い胸の内を押し殺し、必死に仕事をしてきたに違いない。3年の間に随分やつれ、まだ30代前半だというのに随分と白髪が増えた。
「ディア殿下には、ゼフィロ殿下を害そうとした疑いがかけられております」
ギッツの口から騙られたのは身に覚えの無い容疑。その目を見てわらわは確信した。このふざけた筋書きを描いたのがこの男であると。
そうか、ギッツはわらわを切り捨てたか。
一抹の寂しさとやはりという気持ち。
我が愚弟といえば、すぐに癇癪を起こす。令嬢は虐める。好き嫌いは多い。今は子供だからと大目にみられておるが、皇子として評判は芳しいものではない。
対してわらわは利発な姫と高く評価されておる。勉学でも武芸でもわらわが愚弟に負けたことは無い。まあ、愚弟の勉強嫌いは筋金入りじゃから、同年代で愚弟に負けるような貴族子女など、そうはおらんがの。
「ディア殿下が男児であれば……」
「そりゃ、傀儡にするならゼフィロ殿下だろうさ。私が宰相でもそうする」
わらわへの同情と愚弟への嘲笑が貴族達のざわめきの中に聞こえてくる。
次期皇帝があれでは仕方がないじゃろう。わらわがこのまま帝宮にいては、帝国を割る原因になりかねん。ギッツはわらわを神輿として担ぎ上げようとする勢力が暴挙に出る前に、わらわを排除しておきたかったのじゃろう。その選択は為政者として正しい。
ルギエス帝国100年の歴史の中で、これまで女帝がいなかったわけではない。しかし、それは、男児の皇位継承者がおらなんだか、幼すぎたかといった場合の、中継ぎ的な場合のみである。
愚弟がどれだけ愚かでも、ギッツや他の家臣がしっかり治世を行えるなら、わざわざ愚弟を差し置いて女人であるわらわを皇帝に祭り上げる必要は無い。国を治めるのに必要なのは、優秀でもたったひとりの皇帝ではなく、優秀な多くの臣下達じゃ。皇帝など後ろでふんぞり返って「よきにはからえ」だけ言ってれば国が成り立つくらいが理想である。
愚弟は皇帝の器ではないかもしれない。だが、ギッツを始め臣下には恵まれている。なんせ皇帝不在の混乱を治めた猛者ぞろいじゃ。案外、下手に口を出したがるわらわより、愚弟の方が将来名君と呼ばれるやもしれん。
「衛兵、ディア殿下を帝塔にお連れしろ」
「手ぬるいぞギッツ! この女は僕を殺そうとしたんだ! 早くこいつを撃ち殺せ!」
だから、殺そうとした覚えはないというに!
大勢の貴族の前で癇癪を起こす愚弟。まさか、ここまで酷いとは……
そもそも、愚弟がもう少しマシだったならこんな事にはならなかったのじゃ!
わらわが睨み返した途端に、ギッツの後ろに隠れる愚弟。ヘタレめ。ギッツは本当にこの阿呆を皇帝にするつもりか?
そういえば、この前、ぶん投げてやった時に頭を打っておったな。それでついに壊れたか? あの時は年下の令嬢を虐めておったからつい本気を出してしまった。まさか受け身も取れんほど軟弱とは思わなんだのじゃ。
それとも、あまりにもやかましかったので、脱出用カプセルに詰めて宇宙に放り出してやった時、酸欠での脳みそをやってしまったのかもしれん。あのカプセルは確か5代前の皇帝の時からある骨董品じゃったからな。
「本当にわらわが愚弟を害そうとしたと思っておるのかギッツ?」
「何を言ってる!? 実際に僕は昔からお前に何度も……むがむが」
後ろからギッツに口を塞がれる愚弟。五月蠅くて話が進まないからのう。
「ベルネ侯爵、テラント伯爵から、ディア殿下から、自身を皇帝に付ける為、工作を行うよう持ちかけたことの証言も上がっております」
誰じゃそいつら? わらわは会ったこともないぞ? まあ、ギッツの腰巾着の中の誰かじゃろう。
ここでわらわが何を言ってもどうにもならん。白いものでもギッツが黒と言えば黒になる。今の帝国の支配者はギッツじゃ。とはいえ、流石に皇女を更迭するにはやり方が雑過ぎる。今は良くても、後年足元を掬われる原因になりかねん。少なくとも、ギッツに反感を持つ貴族が増えたのは間違いない。
「随分と急いたな。愚弟が皇位に付いてからならもっと穏便に運べたじゃろうに」
わらわを帝宮から追い出すのは簡単じゃ。嫁に出してしまえばいいのじゃから。
とはいえ今すぐとはいかん。皇帝不在の今、わらわの身分は愚弟と並び最も高い身分にある。いくら親代わりの宰相とはいえ、皇族の婚姻を勝手に結ぶことは許されんからな。じゃが、愚弟が皇帝となれば、わらわはその命に従わねばならぬ。
因みに皇后……我らの母はわらわがものごころつく前に亡くなっておる。第二妃や側室やらは、皇帝の子を産む機会が失われたことでお役御免となって実家に帰された。残しておいても面倒なだけじゃからな。
「一ヵ月もあなたを自由にするなど、そんな恐ろしいことできませんよ」
なるほど。
このような強引な手を使ったのは、わらわが社交界に出て派閥を作ってからでは厄介と考えての事じゃったか。確かに、わらわは今夜からでも取り巻き……もとい、お友達作りを始めるつもりじゃった。
帝国の社交界には、社交界デビューは12歳を過ぎてからというルールが存在する。
なんでも、青少年育成条例なるものがあって、子供の夜間外出の禁止、酒を提供する場への立ち入りの禁止、賭け事の禁止が定められているからだそうじゃ。
社交界など金と色にまみれた無法地帯。そんな場所で法を気にするとは滑稽な事じゃ。大方、子供の教育に無関心と思われたくないからという見栄の為じゃろう。
まったく……貴族というのは面倒じゃな。
「オルカが黙っておらんぞ?」
「被害が我が家だけで済むなら安いものです」
オルカというのはギッツの奥方で、わらわにとっては姉のような存在である。
帝国社交界を仕切るオルカの協力もあって、わらわは既に幾つかの有力貴族への夜会への参加が決まっていた。それを台無しにしたのだから、オーナス家は家庭崩壊の危機じゃろう。
そこまでする程、ギッツはわらわを政敵と認めてくれておる。そこのところは悪い気はしない。
「わらわは愚弟やお主の邪魔をするつもりは無いぞ?」
「あなたは危険すぎるのです。私や父だけでなく、多くの者が守り続けてきた帝国をあなたは崩壊させかねない」
「買い被りじゃ」
「いいえ。そうは思いません」
わらわは帝位など求めておらん。たまに、愚弟を虐めたり口出しする程度できれば、後は良い感じの惑星をひとつ貰って、わらわ好みに改造できれば良かったのじゃ。
わらわは
政などやりたい奴がやれば良い。民の中からそういった輩に名乗りを上げさせ、民はその中から自らの代表を選ぶのじゃ。貴族は政から解放され、軍事だけやれば良くなる。楽でいいじゃろう?
だが、実現にするには教養ある人材が大勢必要じゃ。民の意識も変えねばならん。誰もが基礎的な学問を学べる教育機関を作り、民は全員そこに通うことを義務付けよう。誰もが高等教育までを受ける必要はないから、教育機関は段階的なものが良い。初等、中等、高等、そして専門職を育てる大学じゃ! 最終的には皇立アカデミー以上の大学を作れれば文句ないのう。
退屈なのは嫌じゃ。毎日新しい何かが生まれる。そんな社会を作るのじゃ! 民が自ら考えたアイデアを実現できるように、金融業改革が必要じゃろう。それに競争じゃ。切磋琢磨させ、より良いものを作らせ発展させる。良いものは売れる。富が集まる。
わらわは何もすることなく、税収はがっぽり、毎日面白おかしく過ごせる素晴らしい計画じゃ。
以前軽くギッツに話したことがある。奴め、わらわの計画を聞いて、目を白黒させておったわ。わらわの才によほど驚いたのじゃろうな! その日から、わらわの勉強時間ががっつり増やされた。帝王学や、帝国の歴史。貴族の作法などやたら権威や皇族としての有り方を学ばせようとするから、うっかりわらわを次期皇帝に推すつもりかと勘違いしそうになったくらいじゃ。
元々わらわの才に嫉妬していた愚弟はさらに捻くれてしまったが……
こうして、わらわは帝塔の一室にて謹慎することになった。愚弟は反逆罪で即銃殺を求めたが、まったく相手にされなかったそうじゃ。当然じゃな。
その3日後、わらわはギッツの叔父に当たるレクレード辺境伯(55)との間で婚約が結ばれた。わらわは愚弟の戴冠式の後、辺境へ向かうことが決まったのじゃ。
✤✤✤
戴冠式の最中、その船は突然現れた。
帝国の意匠とは違う、なめらかな曲線で形作られたモノクロームの船。
当初は開放連合によるテロかと思われた。開放連合というのは、帝国の配下となった惑星を独立させようとするテロ集団のことじゃ。まあ、現実の見えていない夢想家共が、自由と正義を騙りながら、テロや海賊行為を行ってるに過ぎん。取るに足らぬ連中じゃ。
テラスに飛び出したわらわは、その光景に目を奪われた。
なんて美しい船なのじゃ! あれは、開放連合の作った船などではない! 帝国とは違う、別の進んだ文明で作られた船じゃ!
帝国が誇る狼。ガブリン級突撃隷属艦を圧倒する機動力を見せつけ、最強の剣であるデュランバン級戦艦の砲撃を嘲るように回避する。近衛騎士が操る戦翼機サイバーンさえ、その動きを捕えることが出来ない。
「殿下、どうか中にお戻りください」
侍女のセーナが窘めるのも聞かず、わらわは構わず、テラスに張り付いて外を眺める。
「見よセーナ! 近衛がまるで赤子のようにあしらわれておる! なんとも痛快ではないか!愚弟め、戴冠式を台無しにされて今頃どんな顔をしておるかの? 直線見て笑ってやれぬのが残念じゃ!」
「殿下……またそのような事を」
肩に添えられたセーナの手を、わらわは頬に寄せる。戴冠式さえ蚊帳の外に置かれる元王女に、手を差し伸べる者など最早セーナしかおらん
セーナ・キルケシィ。1年前、ギッツの奴が妾にしようと皇城に呼んだのを、わらわが横取りして侍女にした娘である。
緩く波打つ灰色の髪、化粧せずとも十分に美しい顔立ち。華奢な肩から伸びた腕は、4つ年下のわらわと変わらぬくらい細いが、胸のふくらみはなかなかのものを持っておる。
儚げでガラス細工のように美しいセーナに一目惚れしたギッツは、オルカに黙ってセーナを帝城に呼びつけ妾にしようとした。
セーナの実家は多額の借金を抱えた子爵家で、ギッツは借金の肩代わりすることを条件に、セーナを買い取ったらしい。
まったく、しょうもない奴じゃな。
当時、ギッツは32歳でセーナは15歳。倍以上に年の離れた既婚のおっさんの妾になるのを哀れに思ったわらわは、セーナの事をオルカに告げ口した。激怒したオルカによってギッツはセーナを諦めることになったが、実家に帰ってもセーナには居場所がない。そこでセーナを気に入ったわらわが強引に侍女に取り立てたというわけじゃ。
顔にひっかき傷を作って出仕したきた時のギッツといったらなかったの! 思い出すだけで茶が美味い。
わらわがジジイと結婚させられる事になったのは、その件の意趣返しもあるのじゃろう。
「殿下……」
「ああ、こちらに向かってくる」
近衛の戦翼機を振り切ったモノクロームの船は帝園を横切り、帝塔を沿うように上昇して来る。
わらわを助け出してくれるのか?
一瞬期待したが……そんな美味い話があるはずは無い。モノクロームの船はわらわの目の前で光の中へと消えていった。
「あんな小さな船が単独で転移するなんて……」
セーナの呟きにわらわも頷く。帝国の船で転移が可能なのは演算炉を搭載する大型艦だけじゃ。演算炉というのは別次元とこの宇宙との理の矛盾からエネルギーを発生させる機関である。無限にエネルギーを発生させることが出来る反面、膨大な演算装置と、出力に耐えうる強度が必要な為非常に大きく、現在の帝国の技術でも3000フィータ(約900メートル)以下の船には搭載できんのが現状じゃ。
モノクロームの船は500フィータ程度の大きさでありながら、それをやってのけた。
演算炉を持たぬ船は、演算炉を持つ大型艦からの出力供給を受けて転移するか、転移門を使って恒星間航行をしなければならない。
転移門というのは星系と星系を繋ぐ先文明の遺産じゃ。演算炉も元は先文明の遺跡から見つかった太古の船の動力源を、現在の技術で再現したものである。
帝国では転移門や演算炉といった恒星間航行技術をはじめとする、先文明由来の高度技術を、貴族が独占し管理している。民が逆らえぬように、あえて文明を抑制することで支配してきたのだ。
もしモノクロームの船、もしくはその背後にある文明が帝国の民と手を組めば、帝国貴族の優位性が無くなり、民は一斉に帝国に反旗を翻す。
貴族の支配から解放された民は、自由に発明ができるようになり独自の文化、文明を築いていくじゃろう。
「ふふふふふ……ざまぁみろじゃ!」
モノクロームの船は、帝国民に文明開化の風を吹き込む、帝国の夜明けの明星になりかねん。
今頃、ギッツをはじめ、帝宮にいる連中はどんな顔をしているのやら?
愚弟は意味わからず顔を真っ赤にして癇癪を起こしているのは間違いないじゃろう。
「セーナよ茶じゃ。菓子もありったけ出せ。今日はめでたい日じゃ」
「かしこまりました」
セーナに茶と菓子を用意させ、ふたりきりの宴を開く。
「帝国の夜明けに、乾杯じゃ!」
✤✤✤
トラブルはあったが、戴冠式は終わり、愚弟は皇帝に即位した。帝国1000年の歴史の中でも最低の戴冠式として、5本の指に入るじゃろう。
即位後予定されていた観艦式も祝賀会も全て中止。
そんな中、わらわはセーナと
『レクレード辺境伯領へ向かう。さらばじゃ』
ふたりで食べ散らかした茶と菓子はそのままに、書置を残して帝塔を抜けだすと、小型艇を一艘拝借して民間船の発着する港へ向かう。
愚弟が皇帝となった
わらわの夫となるらしいジジイは遠征中だとかで、戴冠式にも顔を出さんかった。当然迎えなど期待できない。一応ギッツの奴は最高級の豪華客船をチャーターしていたようじゃが、奴が手配した船など恐くて乗れん。どこで暗殺されるか分らんからな。
共はセーナひとり。民間の客船での忍び旅じゃ。
客船の手配は全てセーナにやらせた。
セーナが手配してくれたのは砂の踊り子号という、1300フィータクラスの中型客船の一等客室じゃ。残念ながらスイートルームは、わらわの身分を明かさず割り込むのは無理だったらしい。
「よい部屋じゃ」
「恐れ入ります」
客室内は皇族が乗るには貧相じゃが、内装の趣味は悪くない。リビングと寝室が分けられていて、寝室にはダブルベッドがひとつ。セーナはリビングで寝るつもりだったらしいが、そんなことはさせん。無理やりベッドに押し倒して一緒に寝ることを認めさせた。
レクレード領は、帝星から銀河中心に向かって100光年の距離にある。五つの星系の転移門を経由して、3ヵ月の航海じゃ。
なんやかんやで、初めての船旅にわくわくしていた。
じゃが、客船での旅はわずか2日で終わりを迎える。
「この船に皇帝の姉が乗っているのはわかっている。出せ!」
砂の踊り子号に、海賊が乗り込んできたのじゃ。
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